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01.自称女神のお仕事

 天と地の境界がはっきりしない真っ白な空間に、寺沢優斗は一人佇んでいた。


 自分がこんな辺鄙な場所にいる理由を思い返そうとするも、前後の記憶が曖昧だ。直前に何をしていたのか、何をしようとしていたのか、まったく思い出せない。


 夢の中? にしては意識がはっきりしすぎている。

 遊園地のようなレジャー施設? どこかへ足を運んだ覚えはない。


 ここはどこなのか、どこへ行けばいいのか、自分は無事に帰ることができるのか。

 優斗の中で不安と困惑が最骨頂に達した、その時――それは起こった。


 十数メートル前方に、突如として眩い発光体が現れたのだ。

 虹彩を痛めるほどの輝きは徐々に収まっていき、中から光の正体が露わになる。


 純白のシルク布を身に纏った、見目麗しい少女だった。


 光の粒子が舞っていると錯覚させられるほど繊細なブロンドの髪。一流の匠が作り上げた陶器のように滑らかなミルク色の肌。黄金比の権化も羨む頭身。西洋の絵画の中でしか感じられない神秘性が、その少女にはあった。


 優斗が抱くイメージよりかは少々幼い容姿ではあるが、間違いない。

 神々しい後光が差すあの少女は――女神だ。


 そこまで考えに至った優斗はピンとくる。

 こんな辺鄙な場所に、女神のような女性。これはもう、あれしかない。

 つまり、そう、いわゆる異世界転移というやつだ!


 不安から一転、優斗の中で期待感が膨れ上がる。

 すると、まっすぐに優斗の目を見据えた暫定女神がにっこりと微笑んだ。


「ごきげんよう、異世界からの来訪者さま。私は案内役の女神、メルと申します」


 ほら、やっぱり!

 興奮で高鳴る心臓を無理やり抑えながら、姿勢を正した優斗は大げさに咳払いをした。


「はじめまして。俺は日本からやってきた寺沢優斗と申します」

「テラサワ ユウトさまですね?」


 名前をオウム返しした女神が、髪に隠れている耳の辺りを手で押さえた。


 まるでインカムから流れる音を拾うかのような仕草に、優斗は一抹の不安を覚える。まさか現代日本と技術レベルが大差ない世界なのか?


「ああ、失礼しました。ユウトさまの身元を確認するために、魔法で外部の者とやり取りをしていましたので」

「魔法!?」


 おっしゃあああ! と、優斗は全身で喜びを表した。


 魔法が存在する世界に異世界転移! 仲間とともに冒険! チート能力をもらって無双! そして美少女ハーレム! わくわくが止まらない!


 けど今は冷静に。ここでがっついては、この女神に足元を見られかねない。

 浮足立つ気持ちを心の奥底に秘め、優斗はその時を待った。


 やがて魔法での通信を終えた女神が、再び優斗と向き合った。


「どうやらユウトさまは、ご自分の世界で交通事故に遭ったそうです。現在は意識不明のまま入院中。とはいえ肉体は未だ健在しておりますので、このまま引き返せば無事に目を覚ますことができるでしょう。なので、お帰りになって結構ですよ」

「え?」


 期待していたことと真逆の言葉を言われ、優斗は呆気に取られてしまった。


 女神メルが優斗の方へと手を差し伸べる。いや、正確には優斗の背後だ。釣られて振り返ってみると、いつの間にか大きな両開きの扉が出現していた。


「どうぞ、お引き取りください」


 満面の笑みの中にささやかな苛立ちを込めて、女神は再度同じこと口にした。


 歓迎とはほど遠い雰囲気に気圧され、優斗はたじろいでしまう。なんか昼下がりの公務員みたいな態度だな、と思った。


 そこで、ふと気づいた。女神の背後にも同じような扉がある。


 少し冷静になって状況を整理してみよう。身に覚えはないが、自分は元の世界で交通事故に遭い、意識不明の重体に陥ってしまった。つまり、今ここにいる自分は寺沢優斗の魂みたいなもの。このまま現実世界に戻って生き返るか、異世界へ行って新たな人生を謳歌するか、選択を迫られているというわけだ。


 いや、女神の態度からして、半ば強制的に追い返されそうになっているが。


「ええっと……俺って神に選ばれし勇者じゃないんですか?」

「別に招いたわけではありません。貴方が勝手に来ただけです」

「魔王討伐のために役立てるかもよ?」

「魔王は三十年前に討伐されました」

「魔族の残党とか駆逐するの大変じゃない!?」

「わざわざ他世界の人の手を借りるまでもないほど、魔族の勢力は弱まっています」

「チート能力を与えてくれれば、そいつらも一掃できると思うよ!」

「そんなものは存在しません」

「冒険は!? ハーレムは!?」

「ですから、お帰りください。我が世界に貴方は必要ありません」


 絶望のあまり、優斗は膝から崩れ落ちてしまった。

 夢にまで見た異世界転移。まさか、こんな初っ端で挫かれるとは……。


 いや、まだだ。まだ終われない。せっかくのチャンスを無駄にしたくはない。

 顔を伏せたまま女神メルを睨み上げた優斗が、隙を見て勢いよく駆け出した。強行突破をするつもりだ。


「俺は異世界に行きたいんじゃあああああ!!!」

「だから……行かせないって言ってんでしょうがああああああ!!!」


 唐突な女神の豹変ぶりに驚きつつも、優斗の足は止まらない。

 立ちはだかる女神と真っ向から取っ組み合う形となった。


「そっちの扉が異世界と繋がってるんだろ? 頼むから行かせてくれよ!」

「ダメだっつってんでしょ! いいから帰れ!」

「なんでだよ! 俺は異世界ライフを満喫したいんだよ!」

「あんたみたいな無能が来たところで碌な生活できないわよ!」

「む、無能だと!? いきなり口が悪くなったなお前! 本当に女神か!?」

「どこからどう見ても女神でしょ! 逆に女神に見えない要素ってどこよ!」

「ほら、女神って男の欲望の権化みたいな存在だろ? 美人で、スタイル良くて、甘えたくなるような母性があってさ。けどお前は胸もないし、身長もないし、おまけに口も悪い。顔以外なんもないじゃん! イメージと全然違うわ!」

「仕方ないじゃん! 女神っていっても四分の三は人間の血が流れてるんだから!」

「まさかのクォーター!? ほぼ人間じゃねえか! 自称女神のお子様はすっこんでろ! 本物を出せ!」

「お子様ですって!? 私こう見えても二十二歳なんだけど!」

「えっ、嘘だろ? どう見ても中学生……」

「ムキィ! 本気で怒った! 自分の思い通りにならないからって個人の身体的特徴を攻撃するとか、人間性がクソすぎる! たとえ神魔大戦中だったとしても、あんたみたいな異世界人は願い下げだったでしょうね!」


 突然、優斗の身体が宙に浮いた。同時に、視界に映る女神メルの姿が激しく回転しながら遠のいていく。


 投げ飛ばされたのだ。そう理解した時には、もう遅かった。

 優斗の背後にある物は――。


「ゆ、夢にまで見た薔薇色異世界ライフが……」

「そういうのは自分が生まれた世界で実現させな!」


 メルが女神としてあるまじきハンドサインを示したのと同時。

 抗う術のない優斗は、無念の涙を流しながら扉の中へと吸い込まれていった。


 大きな音を立て、無慈悲に閉まる扉。これで元の世界の優斗は意識を取り戻すことができるだろう。ここでの出来事を覚えていたら大いに落胆するかもしれないが、メルの知ったことではない。


「さて……」


 静寂だけが残った真っ白な空間で、メルは乱れた身なりを整える。

 そして憤怒の表情から一転、何事もなかったような営業スマイルを貼りつけた。


「それでは次の方、どうぞ!」

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