料理長、保証する
洗いざらい話せ、と言われたジョンだがそこは断固拒否だ。亡き奥様とお嬢様への中傷を含むそれを聞かせる訳にはいかない。
黙り込んだジョンの肩に、料理長の手が重くのしかかる。
「安心しろ。御一家にどんな物言いをしても俺が許す」
料理長が許してもご主人様が許さなかったらクビなのでは?と思ったが、庭師も「儂も口添えしてやるから安心しろ」と言い始める。
目を白黒させるジョンに、キッドが「料理長は先代様の戦友だからどんな暴言も許されてるらしいよ?」とよくわからない補足を入れてくる。
ジョンは現実逃避も兼ねて尋ねた。
「料理長、戦地に行ってたんですか?」
「ああ、兵士じゃなくて厨師としてだがな。先代様とは同じ駐屯地で死地を乗り越えた仲だ」
ほら、あの有名な包囲戦。今じゃ国史のテストに出るんだってな、と言う料理長にジョンも頷く。教科書の話は国威高揚の為に盛られているんだろうが、あの戦争を一緒に乗り越えたなら連帯感は高そうだ。
「親方も一緒だったんですか?」
先程の会話を思い出しながらジョンが尋ねると、庭師はゆっくりと被りを振った。
「儂はあの時違う戦地にいた。スカーレット様のお父上の部下としてな。怪我で除隊した後、家業を継いで庭師になったんだ」
庭師はこの館専属ではなく何軒かの得意先を回っていると聞いている。キッドもお館ではなく親方が雇用主だ。
「軍とその関連企業で傷痍兵や戦争未亡人を優先して雇おうという一派があってな。こちらのご一族も、帰還兵や戦災孤児を優先的に雇って下さっていたんだ」
戦場帰りは怖がられる事も多いからな、と言う庭師に料理長も相槌をうつ。
「そういった使用人を無粋だと笑う連中もいるが、実にくだらん」
ジョンは今の話で気になる事があった。同僚のプライバシーに関わる事なので迷ったが、好奇心に負けて尋ねることにした。何を言っても構わないと言われていた事に気も大きくなっていたからだ。
「帰還兵や戦争未亡人や戦災孤児が、お館に優先的に雇われているように見えないのですが」
それが優先されるのならば、ジョンも兄嫁もこちらに雇われていなかっただろう。それ以外の使用人も、ジョンの知る限り軍と縁遠い者ばかりだ。
ジョンの言葉に料理長が顔をしかめる。
「今の戦争が始まるまで平和な時期が長かったのもあるが、スカーレット様が亡くなってから古参の使用人が何人も辞めたんだ。新規の使用人はマリーア様が雇用権を持っている」
「儂には、家政婦長は若くて見た目がいい奴ばかり雇ってるように見えるな」
「親方も料理長も、顔は怖いけどやさしいのに。マリーアさんは見る目がないんだねぇ」
キッドが楽しそうに言うと、料理長はわずかに顔を赤くして庭師は弟子の頭を思い切りはたいた。
料理長はごほん、とわざとらしくせきこんでから話を戻す。
「俺は除隊した時に先代様にスカウトされたんだが、気軽に思い出話をしたり愚痴を言い合ったりしたいからどんな発言も許す!って一筆書いて下さってな」
それは本人にしか適応されないのでは。ジョンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「あと大奥様は俺が仕込む林檎酒に目がないから、犯罪でも起こさない限りクビにならん。お前も同じ味が出せるようになったら無敵だぞ」
からからと笑う料理長。味の秘訣を教えてもらえるのか?とジョンは今置かれた状況を忘れ心躍らせる。
「この際だ。お前が俺のレシピと技を叩き込むだけの価値があるか、ついでに確かめてやるよ」