ジョン、慌てる
リンデン館のご主人様は軍人である。
それもけっこう重要な職務を任されているらしい。
らしい、というのは守秘義務があって奥様ですら詳しく知らないんだとか。
ジョンにわかっているのはご主人様は首都で後方勤務にもかかわらずほとんど家に寄りつかず、家政の事は奥様が一手に引き受けているという事だ。
マリーア様は慈悲深い女主人として使用人たちに慕われている。お嬢様は病気で亡くなった前の奥様との子で、坊っちゃまは奥様の連れ子だと聞いた。
亡くなった前の奥様というのが相当わがまm…個性の強い方だったらしい。ジョンが使用人仲間から聞いたところでは、嫉妬深い上に思い込みが激しくて「夫に色目を使った」とメイドを何人もクビにしてきたそうだ。
マリーア様に助けて頂けなかったら私も辞めさせられていたのだと、義姉に何度聞かされたことか。義姉は兄とラブラブなので雇用主に色目なぞありえないとジョンは知っているが、前の奥様…スカーレット様は旦那様との距離が近い(軍服の徽章が曲がっているのを直していただけ)という理由で義姉を打ちすえ罵倒したという。
そしてキャサリンお嬢様はスカーレット様以上に苛烈な性格の問題児らしい。
曰く、学校に通わず遊び歩いている。深夜の外出は当たり前。街の不良少年たちとつるんでいて、怪しい店にも出入りしている。遊ぶ金欲しさに館からくすねた物品を換金している。などなど。
スカーレット様の闘病中は比較的おとなしかったが、亡くなってから前以上に奔放な生活となった為に現在は自室に謹慎を命じられている。脱走しようと暴れるので、窓も外から板で塞がれて一日2回の食事の差し入れの時も警備の者を控えさせて行う有様だと聞いた。
そしてその差し入れにかびたパンと腐った食事が当てられるのだろうという料理長の説明にジョンは思わず叫んだ。
「お仕えする家の方にそんなもの出せません!」
慌てるジョンに料理長は冷静に言った。
「お前は知らなかったか。子どもの食事を抜いたり量や質を落としたりするのは、この館では躾として認められているんだよ」