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春が来た。

作者: えんがわ

 カレー屋の隣のちっちゃなパン屋で、コロッケパンと紙パックの牛乳を買う。それと「パン屋のプリン」というのを初めて買う。四角く縁どられていて綺麗なたまご色だったのだ。

 扉を開く。街路樹が待っている。あったかい。おろしたての春物コートを、柔らかな風が包む。水色の空。綿菓子のような雲。緑はより鮮やかに、土色の地面にはぽつぽつと雑草やちんまりした花が咲いている。

 3足ギアの自転車にぽぽんとおしりを乗せて、出発進行。母校の小学校の横の通りを行く。校庭では甲高い声にぎやかに、ドッチボールをしている。

「昼休みなのだなぁ」

 校舎は建て替えられ、わたしの居た時よりずっと立派に見える。学校近くの中華料理屋のおじいさん、腰の曲がった耳の遠い、でも豪快にチャーハンの鍋をふるうおじいさんはお元気だろうか。今度、店に寄ってみよう。

 とろとろと通りのない住宅街を自転車で回る。昔、友達だったさとちゃんの家を通る。彼女は今もここに住んでるのかな。もう居ないだろうな。

「わたしだけか、この町に取り残されたのは」

 みんな東京の方に行ってしまった。わたしも東京の大学に行って会社に勤めたりしたのだけど、帰ってきちゃったなぁ。ここに。

 ちっちゃな公園。ボール遊び禁止と書かれた、小さなブランコとすべり台があるだけの公園に着く。ブランコに腰かけて、コロッケパンにかぶりつく。ここのコロッケパンは、あらかじめソースを染みさせていて、それがパンにもしみしみして、でも衣がさくさくしていて美味しい。心なしか何時もより美味しい。新じゃが、ってことはないか。

 食べ終えて、おなかが落ち着くまで一休止。誰もいない公園で鳥の歌だけを聞いて、ブランコを軽く揺らす。本当にちっちゃな頃はこいつを驚くほどの高さまで全力で漕いだりしたけど、体力、体格のついた今では、却ってそういうこと出来ないよな。怖くて出来ない。恥ずかしいというよりも。

「年とって しみじみ食す コロッケパン」

 センスも情緒もない一句を挟んで、また自転車でGo。

 川辺を行く。菜の花の黄色が鮮やか。川の色はどんよりしてるけど。この季節のここの風は好き。お日様さんさん。

「そうだ」

 チョビにお土産を買ってやろう。近くの大型ドラッグストアに行く。ぴかぴかに綺麗な床。栄養ドリンクの棚からリボビタンファインを選び、籠も持たず、ペットフードコーナーに行く。120円の小さな袋のキャットフードパウチを取りお会計。「セイムズターッチ」という妙に熱血な声、松岡修造か、そんなドラッグストアらしい声を背景に会計を済ます。

 このまま真っすぐ帰ってもいいんだけど、なんかせっかくだからというか、春だからというか。何時もと違う回り道をすることにした。農道方面の、家もまばらな林と畑を中心とした地帯。普段行かないし、行く必要もないところだけど、自転車でふらふら。無人販売所にキャベツがまるごと一個。100円とすっごくお得だったけど、流石にかさばるよなーと止めた。車も通らないゆらゆらドライブが続く中、驚くほど小さな細道を見つけた。左右には林が覆う、本当に小さな道。こういうのはしばしば民家への道だったりして途中で途切れてしまって引き返すことになったりする。でも、今日の気分と整備されたコンクリートへの安心感から、すっとその通りを選んだ。細い道を右へ左へカーブする。軽い下り坂になっていて、ぺダリも軽く心地いい。生き生きとした緑。その間から差す光。そのまま進むと

「さくら?」

 真っ白の花。その果樹園のような畑。一瞬、桜に見えたそれは梅の花だった。その花はピンクがかることもなく純白の気高く、そして少し優しい色合いで、青空に浮かんでいた。

「ほー」

 思わずブレーキを握った。とんと自転車の横に立ち、その梅の香を吸うように深呼吸した。匂いはなかったけど。でも心はなにか膨らんだ。

「いいねぇ」

 散らぬうちにまた行ってみよう。今度は2人で。

 自転車をこぎこぎし、我が家のアパートに向かう。彼氏と猫のチョビは昼寝してるだろう。2人でプリンを分けて、猫にはキャットフードをあげて。それからまた3人で昼寝しよう。

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