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あなたの前世は?

作者: 雉白書屋

「うふふっ!」

「あはっ! ははははは!」


 陽光射し込む、とある喫茶店。二人の若い男女の弾けるような笑顔と笑い声が店内に明るさを足し加えるようだった。


「あー、こんなに気が合う人、私、初めてかも」


「そうだね。もしかしたら俺たち、前世でも繋がりがあったりしてね! ねえ、君の前世って――あっ」


 ごめん。彼はほとんど無意識にそう言葉を付け足した。彼女は「ううん」と答えたがその悲しそうな顔はこう物語っていた。

『ああ、あなたもなのね……』と。


 それから、彼らの会話は暗闇の中を手探りで歩くようにぎこちなく、彼自身もまたどこか上の空。そして喫茶店から出た二人。彼もまた彼女と同じく電車で帰るのだが、一緒に歩くのを気まずく思い別れ、駅とは反対方向の繁華街を歩き、そこで彼の頭はようやく正常に思考を始めた。尤も、それは後悔のそれでしかなかったのだが。

 バイバイ。別れ際彼女がそう言った。その言葉の重みに彼はガクンと膝を折る。


 どうして……どうして俺は前世などと……この俺が、俺自身が最も嫌悪していたんじゃないのか? 前世で人を判断する事など愚も愚だとずっとそう思って生きてきたじゃないか! 俺も所詮、世間一般の奴らと同じだったのか……。


 人の脳は未知だ。しかし、ある時そのブラックボックスに手を出し、僅かながらに解明に成功したとある博士がいた。

 彼が発明した機械は今では多くの病院、産院には必ず置かれており、その装置を頭に取り付けることにより脳波、その奥深くを探り、前世の記憶を映像としてモニターに映し出すことができるようになったのだ。

 記憶、魂というのはデータの上書き保存のようなものらしい。そしてその前のデータは完全に消えたと思っても復元できる。その細かい仕組みまでは俺にはわからないが、ただただ憎い。その博士が死んでもう四十年以上経つが、生まれ変わっているのなら俺が殺してやりたい。……と、それもまた俺がこの前世至上主義ともいうべき世の中に毒されている証拠か。

 ああ、まったくクソな世の中だ。今では履歴書や免許証に前世を記載する欄がある。

 感覚としては犯罪歴や功績のようなものに近い。今を生きるその当人には前世に何をしたかなんて関係ないはずなのだが周りの人間はそうは思わないのだ。

 ニュースで殺人事件が報じられるたびに晒される容疑者の顔と名前と年齢、職業、近隣住民の声、そして前世。

 その前世が悪人ともなれば『ああ、やっぱりね』と。クソもクソだ。だが、俺自身もそう思ってしまう。ああ、それもクソだ。前世が猟奇殺人犯であれば何もしてなくとも白い目で見られ、心無い言葉を投げつけられる。差別、いじめ、迫害。自殺のニュースが報道される度にコメンテーターは渋い顔をし、あれこれ言うが結局、世の中は何も変わらない。

 当然、その逆もしかり。前世が警察官ならその子もまた正義感に溢れた性格に。将来、その道を行く場合優遇されるのは暗黙の了解。

 悪徳警官とまでは言わないが横柄だったり、ノルマのために際どい事をする警官だっているだろうに。

 皆、表面的なことしか見ないのだ。それが楽だから。それで人を測れるのならそれでいい。就職に限らず、結婚もそうだ。相手の親兄弟、その素性を気にするように相手の前世も気にする世の中。


「やーい! 前世が豚! ブーブー!」

「ははははは!」

「豚男!」

「デーブ! ブゥー!」


 トボトボ歩く彼の横を風のように駆け抜けていく小さな四つの背中。それが振り向きざまにそう声を上げた。

 笑い声とその背はまた風に流されるように遠くへ。彼が後ろを向くと顔を真っ赤にしながらドスドスとそれを追いかけているのだろう男の子。

 彼は小学生の頃の自分を思い出し、唇を噛む。


 ……あんな風にずっと、からかわれたら体や心に影響がないはずないじゃないか。

 

 彼が目を向けたその子は太っていた。


「猪だったらなぁ……」 


 その子がすれ違い様にそう呟くのが聞こえ、彼は胸を刺された気分になった。

 

 関係ない。関係ないじゃないか……。豚だろうが猪だろうが、前を向いて走れるじゃないか。……そうだ。関係ないだろ。前世なんて。


 そう思った瞬間、彼は走り出していた。天啓。それを得たように心は晴れやかであり、また使命感に燃えた。心臓の高鳴り、気分の高揚。それは駅のホーム。電車を待つ彼女の姿を目にした時、最骨頂に。彼を叫ばせたのだ。


「君が好きだ!」


 反響するほどの大きな声に、彼女は振り向くと同時に目を丸くした。


「君が、好きだ……。俺の……俺の前世は……!」


「いいの、言わないで……。私もあなたが好き」


 彼らを引き合わせたマッチングアプリサイト。今どき珍しく、自分の前世を伏せて登録することができる。ゆえに、そこに集まっているのは自分の前世を良く思っていない、自信がない者たち。


 ――関係ない。


 彼は今一度、彼女を抱きしめながらそう心に刻んだ。どうだっていい。前世なんざクソ食らえだ。

 抱きしめ返す彼女の手の感触、温度が自分の選択は間違っていなかったと彼はそう感じたのだった。




 ちなみに彼の前世はフンコロガシ。

 後日、彼は彼女が結婚詐欺師だと知る。

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