第九十八話 束の間の休息
オワイ島は穏やかな暖かくて優しい風が吹いていた。
「はぁ〜。いい風、いい匂い」
いついかなる時も変わらない柔らかい風が、島全体に爽やかに加護のように駆け抜ける。
――とっても心地よい。
風は優しく吹いて、島にいる者の顔を親しげに撫でていく。
同じ島国でもパパイナ島とも違う。
ここは静かだ。
パパイナ島は人々の喧騒と活気に溢れていた。
ここの土地はのんびりと穏やかである。
「ジス、やっと帰って来たね」
「ああ、ホッと安堵するな」
うーんとエリザベートは伸びをして、ニッコリと笑った。
聖獣ジスもごきげんだ。
ダンバは目を輝かせている。
「エリザベート様。ランドン公国とは全然違うだな。パパイナ島とも違うだ」
「そうでしょ? 暖かくて穏やかな島なんだ」
ダンバはいよいよ新天地でまともな仕事につけることに心が浮き立っている。
30代半ばにしてランドン公国の軍隊を追い出され、行くあてもなくたまたま出会ったランドン城の元お抱え黒魔法使いに付いて行って山賊団の一味になった。
戦場で救われたことのあるエリザベートに縁があり、またもや助けられたダンバは必ずエリザベートのために農園を守ろうと心に誓っていたのだ。
「ここ、オラは好きになれそうだべ。なんか落ち着くながや」
「そうだよね。私はオワイもパパイナもどちらの島も好きだけど。……私もね、今はオワイ島が一番落ち着くんだ」
「たしかに、いい場所だ。……風が清らかで美しい」
エリザベートはオワイ島に無事に帰り着いたことをしみじみ味わっていた。
私は、必ずこの島に帰ろうと思っていたもの。
魔王との戦いはまだまだ序盤戦な気がしてる。
たしかにエリザベートは一度は魔王を倒したけれど、甦った魔王は力を増してエリザベートを世界を必ずや襲いに来る。
それは必定だった。
勇者と魔王は戦う宿命にある。
意思に反して惹かれ合う魂が互いから逃れることは許されず、戦いは回避は出来ない。
まだ静かすぎた。
そのうち激しく身も心もズタボロの辛い戦いになるだろう。
「いい島だな」
クラウドは表情を緩め、思いっきり空気を吸い込んだ。
エリザベートの小さな農園には港から歩いて20分ほどで到着した。
エリザベートもクラウドも剣と戦斧を掴み警戒したが魔物の気配はない。
ホッととりあえずは安堵する。
「大丈夫そうだね」
「ああ。魔物の気配はしない」
「どうぞ。あの。狭いけど……快適だって思ってくれると嬉しいわ」
家を見られるのは少し恥ずかしかったが、エリザベートは皆のためにドアを開けた。
こじんまりとした可愛らしい白い家だった。
すぐ隣りの農園では採れ時を迎えた果実が収穫してもらいたくてエリザベートを待っていた気がする。
「ここ、元海賊ララが安く売ってくれたの」
「へえ。住みやすそうだ」
質素なつくり。
魔王を倒し名を轟かせた伝説の漆黒の勇者の住処とだけ聞けば、意外な気がした。
だがクラウドはエリザベートらしいなと思った。
とても微笑ましく、柔らかい気持ちだ。
心も表情も、するするとほどけるようで穏やかに緩やかにゆっくりと綻ぶ。
――戦士たちは束の間の休息に入る。