第八十ニ話 聖獣ジスと語らう
『エリザベート』
聖獣ジスがテレパシーでエリザベートに直接話しかける。
船にはたくさんの旅人が乗っているので、犬がしゃべって騒ぎにならないように気を使っているのだ。
『ジス』
犬の姿で聖獣ジスはエリザベートのそばに座った。
エリザベートは船の欄干に腕をのせその腕に顎をのっけて、潮の風をうけていた。
一つに束ねた美しい黒髪が風になびく。
『ゆっくり話すのもなんだか久しぶりだな』
『そうだね』
ここ何日かは目まぐるしくて。
いろんなことが起こりすぎて。
たくさんの人と知り合い交流した。
私たちには仲間ができた。
そしてジスはずっとそばにいてくれる。
ずっと二人で旅してきたもんね。
『俺はお前にひとつ気にくわんことがあるぞ』
ジスの声は怒ったような拗ねたような感じだった。
エリザベートは船の欄干から体を離して、ジスの方を振り向いた。
『えっ。なに?』
エリザベートは焦った。
だってそんなことジスに言われると思わなかったし、気にくわないなんて悲しい。
『プロポーズだよ。されたろ? へっぽこ王子に』
『ああ』
なんだ。
私がジスに報告しなかったから拗ねてるんだ。
『バルカンに聞いたぞ。ルビアス王子は落ちこんでるんだとさ』
そうか……ごめんなさい。
エリザベートは申し訳なく思った。
『あとは?』
『あとはって?』
『俺には隠しても分かるぞ。クラウドとともエリザベートお前はなんかあったろ?』
『ええっ。なんで分かるのよ!』
『クラウドの態度が変だ。ヤツのエリザベートに対する声音が甘すぎる』
『甘すぎるって』
『俺には分かる。あれはお前に恋してる』
エリザベートは黙った。
だって自慢するようなことじゃないんだもん。
結局は未練がましく私はアルフレッドを忘れられてないって、思い知ったんだから。
男の人としては申し分ない二人にせっかく好きだなんて言ってもらえたのに。
だって二人ともすごい人だと思う。
エリザベートは秘かに尊敬してる。
『好きだって言われたのか?』
『分かっちゃったんでしょ? ごめんジス、黙ってて。なんかね、クラウドにせっかく好きだって言ってもらえたのに落ち込んだの』
『落ち込んだ? アルフレッド大公のことでか?』
『す、鋭い……ジス。そうですよー! 結局はいつまでもひきずってるの私は! 情けないでしょう?』
『悪かった。そうだよな、アルフレッドは本当に惚れ惚れするほどにいい男だったからな。エリザベートお前を捨てたのは最低だがな』
『ごめん。胸が痛いよ』
『悪かった』
落ち込むエリザベートに、犬の姿の聖獣ジスは体をすり寄せなぐさめた。
初恋を忘れられずにいるエリザベートの胸が、チリチリと痛んでいた。