第七十九話 アリアの心配
――ああ、まただわ。
アリアは中庭に出て来て、このあいだ出くわしたハラハラした出来事の続きを見ているかのようだった。
今度は、三人で戦っている。
アリアが前に見た光景はエリザベートさんとクラウドさんが楽しそうに戦い合う姿……。
今見ているのは、エリザベートさんにたしか恋しているはずなのに、あろうことか二人の男は恋する相手に斬りかかったり槍で突こうとしている。
アリアがこんな危ないこと見てられないとばかりに、三人を止めようと聖杖を振り上げ白魔道士の魔法を唱えようとした時、手で制するものがアリアの隣りに来た。
「君さ、止めるべきじゃないや。いいんじゃないの〜? 三人は楽しんでるんだから」
黒の魔法使いランドルフだ。
この人はあろうことか大公殿下を守る戦友、仲間だったエリザベートさんをかつて騙し、陥れたと聞いている。
「いやです。こんなの」
仲間同士で好きなもの同士で戦うなんて。
――だって! 傷ついたらどうするの?
私の癒やしの魔法も効かないぐらいの傷を負ってしまったら、彼女たちはこの手の中で死んじゃう。
本当に一歩間違えば死んじゃうかもしれないのよ。
それぐらい三人の鍛錬は真剣で緊迫して迫力があってハラハラする。
「あのねえ。強くないと死んじゃうよ? 魔王に立ち向かうにはエリザベートもボクたちも、もっともぉっと強くならなくちゃならない」
ほとんどを教会で過ごしてきたアリアには戦の経験もなかったし、16才で初めて世の中へと旅に出たのだ。
癒やし人の民として聖女としてあちらこちらで崇められ、どこでもありがたがられたりしたが、アリアは自分を癒やしたことはなかった。
「聞くけどさ、そもそも君は一緒に戦うの?」
「えっ?」
「あそこの誰かが、ボクらの誰かが死ぬかもしれない。そうだな、皆死んじゃうかもしれない。君もだよ? こんなことで嫌がってるようじゃ君はこれからの戦いに来ないほうが良いんじゃないかな?」
「――あっ……」
「意地悪で言ってるんじゃないよ? 選択する間もなく君は故郷に帰ることになったけど、はっきり言ってここの方が安全だな。間違いなく激戦になる。それに、だ。北の大地ルーシアスはもう滅んだかもしれないからね」
「そんな! そんな話をされたってにわかには信じられないわ」
「聖獣を閉じ込めた魔法の鳥籠に魔王の痕跡はあっただろ? あとさ、魔王ヴァーノンはエリザベートにかなりご執心だからねえ。君はかえってエリザベートといたほうが危険かもしれないよ」
アリアには分からなかった。
この人がなんでこんなことを言うのか、と。
――もしかしてランドルフさんは、……この人は私を心配して言ってくれてるの?
アリアは、強く思った。
もうエリザベートたちと一緒にいたいと願っていた。
それが自分の中では自然になっていたから。
なによりもエリザベートたちと離れたくなかった。
私にできることは、全力でやる。
皆を【癒やし】たいから。
エリザベートさんたちが傷ついたりしたら、私がエリザベートさんたちを治してあげたい。
「私はエリザベートさんたちと行きますっ。だって私も仲間だから!」
「あきれた。泣き出すかと思ったのに。アリア、君ってけっこう強いんだね」
聖女アリアに向かって黒の魔法使いランドルフは初めて優しく笑った。
「……ランドルフさん」
それが不思議とアリアには、ランドルフの微笑みが眩しく映ったのだった。