第七十五話 旅立ちを前に貴方を想う
エリザベートは部屋の窓から夜空を見上げた。
窓辺に頬杖をつきながら、憂いの表情は晴れずにいた。
まだしばらく流星群は、夜空を華やかに彩ってくれるのね。
許されるなら……、この星たちをいつまでも見つめていたい。
美しい星空と流れ星。
また見れるだろうか。
こんな風に星空を眺めるなんて、しばらくは出来ないかもしれない。
「野営の時は見れるかな?」
だけどいつ魔王軍に襲われるかもしれないそんな逼迫した状況で、純粋に星空を楽しめるわけもないだろうな。
「……アルフレッド大公」
その名を呟いてみる。
胸が痛む。
大公の名前を口にするだけできゅうっと切なく痛むのに、甘やかな想いも広がる。
恋人同士だった甘美な日々の渦中では、狂おしいほど貴方が好きだった。
私たちは私が生まれてからすぐに出会ったんだって。
私の少し前に生まれた貴方と私は城内で遊ぶようになって、一緒に勉強もした。
私たちはやがて剣や武道を習い、自分を守るため人々を守りぬくために鍛え始めた。
始めは次期大公である貴方のただの遊び友達として、私は城内で自由にすごしていたのに。
いつしか好きだと気づいていた。
貴方も私を好きになってくれてた。
想いが同じだと分かった時の喜びはまだ忘れていない。
わずか12才にして私たちは婚約した。
早くから婚約しなければ次期大公であるアルフレッドは、周辺の国々との政略結婚の話が勝手に進む可能性があった。
アルフレッドは私にプロポーズをしてくれて、君以外とは結婚したくないからと周辺各国にランドン公国には政略結婚の可能性がないことを報せた。
あれから6年。
いろいろあったなあ。
まさかアルフレッド。貴方が私以外の人と結婚するなんて、思いもしなかった。
貴方が待っててくれる。
貴方の元へ帰ればいいんだと思ってた。
だから心のどこかでがんばれた。
貴方が待っててくれるから必ず帰ろうと決めていた。
励ましてくれた貴方を思い出して、辛いときも優しい貴方を思い出して。
久しぶりの口づけはアルフレッドとは違う人だった。
純粋に強く私を求めてくれることに驚いて、なぜかそのまっすぐさが眩しかった。
心のままに素直に向かってくれるルビアス王子の想いは嬉しかった。
このままこの人の情熱に呑まれてしまいたかった。
身を預けられたらどんなに楽だろうと思った。
だけど、……なぜ、かな?
アルフレッド本人の口からさよならを言われてないからか、ちゃんと私とアルフレッドの恋が終わらない。
ルビアス王子に応えたい気持ちはあったのに、アルフレッドへの想いがまだ壁になり応えられなかった。
同じ日に違う人にそれぞれ好きだと告げられて。
普段は冷静で大人で、どこか祖父を思い出す優しさと厳しさを感じてた。
でも彼は傷を抱えていたのを感じて気になった。
それにクラウドが将軍であったことに、すごくびっくりして。
だけど、ああだからこの人には任せられるのだなと思った。
いつも先頭に立っていた私にとっては初めて対等にある人。
同じぐらいの力を持つ人、ううんある意味私より全然長けている人で。
クラウドと協力して戦うことはなによりも力強かった。
彼の熱い想いに心打たれた。
いつか寄り添いクラウドの心をそっと分かってあげられたらとも思った。
人を愛して愛されたいと願うのに、いざ好きだと告げられて愛してくれる人が現れたら、その胸に飛び込めなかった。
尻込みしてしまった。
また裏切られるかもしれないと。
信じきって純粋に愛せば愛すぼど、裏切られた心の傷は深い。
恋に怯えてしまっているのかもしれないな――と、エリザベートは星空を眺めながら泣きそうになっていた。