第七十四話 眠れないクラウド
ベッドに入りながらクラウドは眠れずに何度も体勢を変えていた。
そのたびにエリザベートを抱きしめた感触を思い出し、また切なさに胸をしめつけられる。
こんな気持ち久しぶり過ぎて持て余していた。
妻のナターシャとは、一緒に捨て子の施設で育った幼馴染みで早くからお互いを意識していたから、軍隊に入り収入を得られるようになってすぐに結婚した。
二人して家庭を持つことに強い憧れを抱いていたから、大好きなナターシャと結婚しようと決めていた。
いつも二人で夢を語り合っていた。
剣も武道も槍もひととおりこなせる才能があったことにクラウドは自分でも驚いた。
クラウドはメキメキと戦で頭角を現し、いつしか将軍になるまで登りつめた。
西国パラジトは金銀宝石に恵まれて、周辺の国々にはいつでも狙われていた。
その日もクラウドは将軍として魔物退治と、襲撃を企むワーデンローヌ国の国王を説得するために遠征に出掛けていた。
自国からはそんなに遠くまで離れられなかった。
愛するナターシャのいる国を護りたかったからだ。
ワーデンローヌ国の説得も上手く行き、魔物も退治した。
無事役目を終え帰路につく途中の街道で、女王が自ら使いも出さずにクラウド将軍のもとへ馬で駆けつけてきた。
「クラウドっ!! 大変だ。申し訳ない」
女王は泣きながら謝り続けた。
ナターシャは女王を暗殺からかばい死んでしまったのだ。
クラウドは馬を全力疾走させ必死の思いで家に帰った。
棺には、愛する妻の変わり果てた姿があった。花に囲まれたナターシャの亡骸は一見するとまるで眠っているようだった。
ただ、額には矢で撃ち抜かれた痕が痛々しく残っていた。
ナターシャの血の気の無い頬、心の臓は止まり、呼吸も止まっている。
妻はもう二度と、あの愛らしい笑顔でクラウドの名を呼んではくれないのだ。
ナターシャの魂はとうに抜けて、天に召されていた。
「ナターシャ!!」
クラウドはナターシャの亡骸を抱え泣き叫んだ。
クラウドはそれからはあまり記憶にない。
ただ狂ったようにナターシャを殺した犯人を捜しまわり、ついには和平を結んだはずのワーデンローヌ国の国王の側近であったことを掴んだ。
ワーデンローヌ国は表向きは友好的に和平を結びつつ、将軍不在のなか女王暗殺の刺客を放っていたのだ。
クラウドはナターシャの仇を撃つために三日三晩攻め込み続け、ついにはワーデンローヌ国を陥落、王家を滅ぼした。
我にかえったクラウド将軍はワーデンローヌ国をパラジトの配下に治め、ワーデンローヌの国民には危害を加えずに敵国の国民であったが守りとおした。
思い出せば苦々しくナターシャを失った傷は哀しみは数年経っても癒えたとは思えなかった。
そうしてクラウドは将軍を引退し旅に出た。
エリザベートと出会うまでは、もうこの傷は癒えまいと思っていた。
「すまないナターシャ。お前以外を愛してもいいか?」
形見の魔法の杖を取り出し、クラウドは誰にも聞こえないように小さく呟いた。
問いに返事などかえるはずもなく、ただ亡くなったナターシャの笑顔を思い出す。
そしてエリザベートを抱きしめた感触を思い出す。
クラウドは自分のエリザベートへの気持ちを確かめる。
やはり届かずともエリザベートを愛してしまったのだと気づいた。