第七十一話 黒の魔法使いランドルフのアドバイス
ベルマンの宿のお風呂で汗と泥とかすり傷にこびりつく乾いた血の細かい固まりを落とし、身も心もすっきりとした。
エリザベートは気持ちを入れ替え、自分の心に喝を入れた。
改めて心を強く持つ。
キリリと身を引き締める。
食堂に向かう廊下で、エリザベートはランドルフに呼び止められた。
「遅かったね」
ランドルフはエリザベートを待ちわびていたようだ。エリザベートを見つけて、パッとランドルフは表情を明るくする。
エリザベートは一瞬構えた。
訝しげにランドルフを見やって通り過ぎようとする。
「皆、先に来てるよ。どうせ君のことだ。おおかた、あの二人の猛者から告白でもされたんじゃないか?」
「うっ……。なんで……」
なぜ、分かったの?
相変わらずこの男は鋭い。
エリザベートの黒曜石の瞳を、ランドルフのサファイアの瞳の視線がジィッと見透かすように向かっている。
その後も黒の魔法使いランドルフのアドバイス(?)は続く。
「のんびり出来るのなんて今のうちだしね。魔王に追われたらそれどころじゃない。ボクは惚れたはれたの恋愛ごとは大好きだし、こんな戦禍寸前でも否定しないよ。勇者だって人間なんだ。特に君は戦ってるうちにお婆ちゃんになっちゃって、気づいたら婚期を逃しかねないよね。もったいない」
「はあ。……よくしゃべる」
エリザベートはあきれた。
「えっ? ああ。ゴロツキ相手ばかりで話に飢えてたし。話がまともに出来ずに暇なんだよ、あんな連中。そうそう、ボクは恋愛の話はね、君は知っていると思うけど大っ好物だ」
そこまで喋るだけ喋って気がすんだのか少し黙ってから、ランドルフは不敵に口角を上げニコッとしながらもさらに釘さした。
「アルフレッド大公の二の舞にならないように! 婚約破棄なんてさ、ちょっといい気味〜なんてホントは思ったんだけどね。君ってつくづく不器用だから見てらんないよ。あとあの二人! さらに互いの雰囲気が険悪だから君からバシッと仲良くしろって言ったほうが良いかもね」
「そう。どうも」
こんなに喋る男だったんだ。
ランドン公国にいる時はある一面は華やかにしていても、もっと陰気な感じだったが。
遠い昔は、たしかに黒の魔法使いランドルフにも今みたいに朗らかな一面があったような気もエリザベートにはしている。
気のせいだろうか。
それはいつのことだったろう?
――いやいや、だめだ。
やっぱりランドルフを、信用してはならない。
裏切られた事実は変わらないのだから。
つい前まで敵対した相手に気を許しかけた自分を諌めるように、エリザベートは頭を軽く振る。
兎にも角にも。この男に今すぐ気を許すのは性急だ。
エリザベートはランドルフの意外な一面を見て、悪党だという思いに変わりはないがなんだか目の前の男の本質が分からなくなっていた。