第四十六話 魔王ヴァーノン
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凍える寒さと暗黒の地に魔王の魂の一部は氷漬けになって存在している。
それはエリザベートが漆黒の勇者が聖剣エクスカリバーで封印した亡骸である。
違う地に逃げていた魔王の魂の一部が力を取り戻していた。
そうして傷が癒え蘇った魔王は自らの亡骸を眺めに来た。
「フフフフフ…」
残酷で妖艶な魔王の顔は青白く光る。
一見するとただの人間の男だが瞳は冷たく残虐さを称え、ぐるぐると様々な色に変わっていた。
「漆黒の勇者め。今度こそ生きた屍にしてくれるわ」
まだまだ完全体には程遠いが魔王は何体かに散らばった己の力を集めようとしていた。
「ブレロン!」
キキキィ。
コウモリの姿をした男が魔王の元へやって来る。
「はい魔王ヴァーノン様。お呼びですか?」
「エリザベートの居場所はまだ掴めんのか?」
「まだでございます」
「余が完全体になるには漆黒の勇者の血と肉体が必要なのは分かっておろう!?」
「ひいっ」
コウモリ男ブレロンは魔王の恐ろしさに飛び上がった。
「重々分かっておりますぅ。必ずや漆黒の勇者を捕らえます。魔王様が復活して大魔王となられる日が楽しみでございます」
「機嫌取りなど必要ないわっ。結果を出せ。さもなくばお前を斬り裂いて殺す」
「ひいっ」
コウモリ男はふたたび魔王の残虐な目を見て恐怖で縮み上がる。
「くれぐれもエリザベートを殺してはならぬぞ。生かしたまま連れて来い」
魔王はにやりと歪んだ笑みを見せた。
周りが凍りつきそうな恐ろしい笑みを。
そして魔王は舌なめずりする。
「ハーハッハハッハ」
魔王は笑う。
楽しくて仕方ない。
「どうしてやろう! あの娘を!」
(エリザベートよ。お前の美しいだろう最期は絶望と苦痛で顔が歪むだろうか? 余を崇め膝をつき命乞いをするだろうか?)
魔王はエリザベートの死に際を考えただけでゾクゾクと高揚感が湧き上がる。
「たまらんぞ」
「フフフ。よくも余を」
魔王ヴァーノンは自分の魂の一部である亡骸を見て憎悪がじわじわと湧き上がる。
怖ろしいほどの喜びも。それは己を倒すやもしれぬ力を持つ聖なる者が現れた喜び。
自分とは真逆の光の正義なる存在を絶命させる愉悦が、震えるほどの快楽を邪悪なる魔王に与えるだろう。
人が絶望する姿こそ、魔王の糧となる。魂を喰らい、命と力を喰らい尽くす。
そうして満たされるのは、魔界の王たる者である証だった。
魔王ヴァーノンにとって漆黒の勇者エリザベートと戦うことは余興に過ぎない。
この世界すべてを手に入れる野望がある。
手に入れて地獄のように支配する。
人々の恐怖の叫びが、魔王の体の内側に悶えるほどの喜びを与えるのだ。
「さて、余が狂気の沙汰で地上を埋め尽くそうではないか」
そしてエリザベートを己の一部にしたい欲望、歪んだ愛にも似た激情が魔王のなかにはあった。
「許さぬぞ。愛しい愛しい漆黒の勇者エリザベート!」
その恋慕は歪みきりエリザベートを追い求める。
「手に入れたい。余を殺したお前を」
魔王が笑う声は洞窟内に低く低く響き渡る。
(捉えてお前を余のものにしてくれるわ! 未来永劫に。その聖剣とともに心を亡きものにして一生涯余のそばにおいてやろうではないか。蝋人形のようにしてやろう)
魔王ヴァーノンは、漆黒の勇者エリザベートが欲しくて欲しくてたまらない。
神が造りし、人の住まう輝く地上世界を手に入れることよりも。
今は一番にエリザベートを手に入れたかった。
逸る思いは、胸を焦がし掻きむしりたくなるような烈情を湧き立たせた。
愛しい、愛しくてたまらない!
ああ、狂おしいほどお前に会いたい。
一つに交わりたい。
聖剣を振るいながら必死に抗い嫌がり抵抗するエリザベートを組み伏せ、陥落させたい。
そうして余の一部にしてしまいたいのだ。
エリザベートの穢れなき魂を喰らい取り込み、余の全身をお前の死によって快感で満たすが良い。
漆黒の勇者エリザベートを必ずや我が手中に収めようぞ!
この魔王のものにしてくれるわ!
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