第四十四話 二人を見守るは聖獣
「えいやっ」
「はあっ」
短く息を吐き、力を瞬間的に剣に込める。
エリザベートは俊敏に動いてクラウドの戦斧をかわし、すかさず斬り込んだ。
エリザベートには、クラウドが分かるか分からない程度の微かさで動いた表情筋でニヤッと笑った気がした。
武器をさばく動きが読み取れない。
クラウドの太刀筋に翻弄され、エリザベートの気持ちが昂ぶってくる。
エリザベートは久しぶりに、手応えを感じていた!
クラウドが振りかざす戦斧は、彼の強い力がかかり重たくそして素早い。
戦う斧は大振りになりやすいが、クラウドの振り斬るバトルアックスは今までエリザベートが戦ってきた誰よりも素早く追撃が襲ってくる。
「強いねぇ。嬉しくてたまらねえや」
クラウドは斧で剣のように斬りかかってきて、エリザベートを槍で突こうとするのだ。
「たぎるねえ。俺の全身の血が騒ぐぜっ。ふははっ、……久しぶりだよ、こんな相手はっ」
クラウドがにやりと笑う。
たしかに彼が笑った。
エリザベートも微笑んだ。
体中を駆け巡る血が熱い!
鼓動が早まる。
――楽しい、と。
そう思って戦う二人は心が熱く騒ぎ胸にわくわくとした感情が湧き上がっていた。
エリザベートは聖剣エクスカリバーで戦斧の横からの攻めた一振りを迎撃する。
「私も……くっ、同感っ」
エリザベートもクラウドの戦斧の攻撃を受けながらニコリと笑った。
エリザベートの気品漂う微笑みに、クラウドは刹那心が奪われる。
(……美しい)
二人は近づく。
ガキーンッ……。
鍔迫り合いよろしく接近戦になるが、エリザベートはスッと間合いを取って一旦後ろに下がり、走り込み勢いをつけ斬り込んだ。
激しい戦いに、剣と戦斧のぶつかり合う音があたりに響く。
朝の広場の静けさは吹き飛ぶ。
二人の顔の間には、聖剣エクスカリバーと戦斧バトルアックスがある。
聖剣エクスカリバーから氷の粒が爆ぜる。
何百もの粒子はダイヤモンドダストさながらに、朝陽を反射させ舞った。
「へえー。こりゃあ強いじゃないか」
聖獣ジスがいつの間にか聖獣セイレンの横に、ビシッと姿勢を正して座っていた。
「うん。強いよね」
セイレンも天界からは眺めてはいたが、エリザベートの戦う姿もクラウドの武器を扱う姿も初めて間近にしたのだ。
「エリザベートの剣で手合わせしたなかで余裕な笑みを垣間見せた相手は魔王以外はアイツが初めてだ」
「手の内や技量をお互いに確かめつつ剣と斧を合わせ戦っている。――これは本気の稽古だ」
「クラウドには長い戦績の重ねた修練さ培った経験と手駒、エリザベートは戦剣の感覚と鋭さに加え俊敏さと天性の勘がある」
空気がピリリと振動し、緊迫する。
二人の手合わせから目が離せない。
「こんなに強いなら魔王軍との戦いの時に来てくれりゃあ良かったのにな」
「加勢は出来なかったんだよ。クラウドの敵は魔物だけじゃなかったからね」
「そうか。それぞれ事情があるってことだな」
「彼にはそれにどうしても、自国パラジトを離れられない理由があったから」
クラウドは戦士である。
(将軍を引退したのに、思わぬところで心に火をつけられちまったな)
己の根っからの戦いたいという欲望に気づいてしまった。
とうになくした戦意のはずだった。
エリザベートに会ってからもしばらくは、また戦いたいと思うとは思わなかったがな。
エリザベートの魅力で消えたはずの心の熱いものに火がついちまった。
元将軍、西国の獅子クラウドは実に楽しげに笑った。
相手にとって不足なし――、エリザベートは互角に全力で剣稽古をやり合える相手に胸が弾んだ。
稽古相手の怪我や、倒して致命傷を与えてしまうのではなどと心配しないで良いんだ。手加減なしでエクスカリバーを振るえる相手はいつぶりだったろうか。
エリザベートの湧き立つ思いに応えるように、クラウドの強さを喜ぶ聖剣エクスカリバーは淡く光り続ける。