第四十ニ話 戦斧バトルアックスを手に
翌朝――。
夜が明けると、もう宿の庭に来ている者がいる。
「はあっ」
エリザベートは誰よりも早く目が覚めたので、クワの形から変化した聖剣エクスカリバーを握りしめ稽古に励んでいた。
カトリーヌとして過ごしていた時だって鍛練はしてきた。一日一度は欠かさず剣と向き合っている。
(せっかく軌道にのってきたのに農園もどうにかしなくちゃ。宿ベルマンにも必ず戻らないと)
二つの気がかりは、エリザベートに必ず生きて戻るんだと思わせている。
私には、まだまだやり残していることがある!
――だから。
だから、私は死ねない。
本当は誰に言われるまでもなく魔王の存在を感じていた。
倒した魔王もホンモノだったが、まだ生きている気がしている。
魔王の気配がするのだ。
ゾワッとエリザベートを包んでしまいかねない闇のヴェールを祓うかのように、彼女は聖剣エクスカリバーで空を切る。
ルビアス王子は魔王軍の残党がいるんだと言っていたが……。
残党もいるけれど、魔王が復活してしまうのか魔王に匹敵する者なのか。エリザベートは自身にひたひたと忍び寄ってくる緊迫感を日に日に肌に感じるようになって来た。
アリアに会った時に聖獣シヴァは傷を負っていたと言っていた。聖獣シヴァが誰にやられたのかずっと気になっている。
相手は聖獣を傷つけられる程の力がある相手と言うことだ。
それは雑魚ではない。
聖獣を上回る魔力を持った魔物の可能性が高いと言える。
「よお! おはよう。エリザベート」
「ああ、おはよう。クラウド」
次に起きてきたのはクラウドだ。
「剣の朝稽古か? せいが出るねえ」
「一日一回は剣を握らないとなんか気がすまなくて。ちっちゃい時からやってるから。習慣だよね」
ジイッとクラウドはエリザベートを見る。
「そうか。そういうもんかねぇ」
(やらざるを得ない環境だったってことだよな。エリザベートが悲観的じゃなさそうなのが救いだが)
「おはようございます」
チョコチョコ歩いてハムスター姿の聖獣セイレンがやって来た。
「おはよう! セイレン」
「……」
少々聖獣セイレンに対してぶっきらぼうな態度のクラウドに違和感を感じる。
「なに? どうしたの?」
「こいつさっきから俺になにかとくっついてまわるから。顔を洗う時にもどこにでもついてくるんだぜ」
そう言われたセイレンは困り顔だ。
「あれえ? だって! だってですねぇ。ボクはクラウド、君に付く護り聖獣ですよ。漆黒の勇者エリザベートと共に戦う者、すなわち勇者の仲間の戦士に付いて救援する聖獣なんですよ。ボク、皆さんに言ってなかったですかね?」
「はあっ?! そんなん聞いてねえぞ」
「クラウド、君が……貴方がエリザベート様の仲間になると決めた時から、女神イシス様もボクを人間界に送ることをお決めになったのです」
「仕方ねぇなあ。……俺の護りって……要らねぇけど」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよっ!」
「そうだよ、クラウド。聖獣がそばにいてくれるだなんて心強いじゃない。私にもジスがいるし、仲良くしてあげてね?」
「ああ、まあしょうがない。女神イシスの命令で来たんじゃ、お前も使命を全うするまでおいそれと帰れねぇよな」
「そうですよ? ありがたいことなんです」
クラウドは頭を掻いた。
エリザベートと聖獣セイレンがそんなクラウドにじっと見ながら迫る。
「いつでも女神イシスが見張っているってことか」
「クラウド! その見張ってるってボクからしたら、なんか嫌な言い方ですね〜? 女神イシス様はこの地上のものすべての愛するにたるモノたちを慈しんでおられるのです」
エリザベートはハッとする。
「そうか、イシスさまが……」
(見ててくれてる。見守ってくれてるんだ)
エリザベートは女神の加護を感じて心強い気持ちになった。
「クラウド、そういや子猿のサンドは?」
「ああ、ジスのところに行ったよ。すっかりお気に入りだ」
ハムスター姿の聖獣セイレンがゴソゴソなにやらやっている。
「そ、そうだっ! ……えっとおっ!」
「なになに?」
「んっ?」
聖獣セイレンは首周りに小さなアクセサリーの袋をかけている。
「それは?」
「お守り袋みたいなもんです」
セイレンがガサゴソと中を探るが……なかなか見つからない。
「あった!」
小さなアクセサリーから柄の長いでっかい斧が出て来た。
「どうなってんだ? ずいぶん不思議な仕掛けだな」
二人はびっくりする。
驚きだ。
ジスのリュックと似てる。
「女神様からの贈りものですから。それよりこれ。……ああ、あれっ? おっ……とっと!」
長くて重い斧はハムスター姿のセイレンには持っているのが大変っ!
慌ててエリザベートとクラウドがセイレンを支え手助けする。
「さあ、クラウド。こちらの戦斧バトルアックスをどうぞ」
にっこりとセイレンはクラウドを真っ直ぐに見つめ笑った。