第三十七話 クラウドの家族
「ただいま」
「おかえりなさい」
シェフのクラウドが、肉だけじゃなくて小麦粉やバターやミルクなんかも一緒に買って帰ってくると、あれよあれよと言う間にシチューとフルーツパイを作り上げた。鮮やかな手つきだった。
「いい匂い」
「うーん。たまりませんわ」
「美味そうだなー」
「ごちそうだべな」
美味しいごちそうの匂いが漂って、エリザベートたちは食欲がかきたてられる。
「召し上がれ」
「いただきます」
「神さま。感謝いたします。いただきます」
「いただくぞ」
「いただきますだ」
一同は宿の店主に借りた食器にシチューとパンをいれて食べ始める。
「う〜んっ、美味しい!」
初めて食べた。優しい味。
野菜はゴロゴロ入って肉はとろける。
バターとミルクを感じる。
聖獣ジスもたくさん食べた。
聖獣シヴァはアリアから、パンとパイと木の実を鳥籠の間からもらって満足げだ。
子猿のサンドはエリザベートやアリアから、パンやフルーツをもらってキイキイ喜んでいる。
美味そうに食べるみんなの顔を見てシェフのクラウドは満足げだった。
みんながご機嫌だった。
美味しいものは心がほぐれる。
「ごちそうさまでした」
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「ねえクラウド、あなた家族は?」
エリザベートとクラウドは庭の炊事場で食器を洗う。
「ああ、家族か。……いたよ」
過去形である。
クラウドの表情は苦々しく固い。
「死んだカミさんが白の魔法使いでさ。さっきアリアさんが言ってた保護魔法は、カミさんの形見の杖から出てるんだ」
「ごめんなさい。辛いこと聞いたわね」
「いや、良いんだ。気にすんな。ここにいるのはみんなそんな感じだろ? お嬢ちゃん」
「そうだよね」
アリアは護衛にジスを連れて薪小屋に薪を取りに行った。
ダンバは相変わらず子猿のサンドに追いかけ回されていた。
「俺もカミさんも孤児でさ。ほかに身寄りなし。お嬢ちゃんは?」
「私はおじいちゃんと気づいたら二人だった。母は私を産んでからすぐに産後の状態が悪くて亡くなって、父は魔王の部下に殺されたらしい」
エリザベートは思い出のない両親があまり現実感がなかった。
知らないから……、分からなかった。
どんな人たちかも、おじいちゃんたち知っている人から聞いた話で理想像のパーツを組み合わせてるだけ。
顔も知らない。
実際はどんな性格だったかも分からない。
「そうか。お嬢ちゃんも大変だったな」
「うん。……ねぇ? そうだ。クラウドはなんで私のことお嬢ちゃんって呼ぶの?」
「えっ? ああ。だってよ辛そうだったから」
(私が……辛そう、か)
エリザベートは心の何かが揺さぶられた気がした。
「アンタ、漆黒の勇者とのギャップに悩んでんのかなって。勇者の時はオーラとか口調まで別人のように勇ましいが、普段は普通のお嬢ちゃんじゃんか。俺だけでも張りつめないでいられる相手になれたら、アンタが楽になれんのかなって思ってさ」
エリザベートは激しく動揺していた。
――会ったばかりなのに、なぜだろう?
この人の実感の込もった物言いと心を見透かし分かってくれていることに、はからずも同志のように気持ちをほだされそうで心が揺れた。
口先だけではない、なにか。
エリザベートはシェフのクラウドの力強い横顔をじっと見つめた。
あなたの瞳の奥に光るものは……?
善人か、悪人か。
敵か、味方か。
見極めるように――。