第三十六話 泊まり宿での夕食準備
あたりはすっかり日が落ちて、山からは涼しい風が吹いて来て顔を撫でていく。とても心地が良かった。
山登りは早朝にすることに決めた。
パパイナ島に来る途中の船で魔物の噂を聞いたことだし、夜にモンキー山に登るのは賢明でないことだと思えた。
山は天気もコロコロと表情が変わる。
危険を伴う登山にはある程度の装備は必要かと判断したのだ。
登山の前はゆっくり眠りしっかり体を休めて、気力体力を蓄えた方が良い。戦うためには休養も必要だ。万全の態勢で臨みたいから。
(これはもしかしたら……。ついでにモンキー山の魔物退治となりそうね)
我々の気配を魔物が逃すわけがないとエリザベートには感じられた。
本来なら一石二鳥なのだが、このメンバーでどれだけ素早く戦えるかエリザベートは心配だった。
みんなを守りながら戦う。
犠牲者は出したくない。
なにかあれば己の身をていして戦う覚悟が、エリザベートにはしっかりとあるのだ。
「うん、快適な宿が見つかって良かったわ」
エリザベートはホッとする。
モンキー山の麓の村ヤッドで、ちょうど2部屋空いている宿が見つかった。
宿からは晩御飯が出ないので、昼間買ったパンとベリーやいろんな果物と、ほかには肉か魚が食べたい。
そこで宿の店主に聞いたヤッド村の小さな肉屋まで買い出しに行こうと話がついた。
宿屋の庭が小さなキャンプ場になっておりそこのかまどに火をくべる。
「クラウドさんはダンバさんと一緒の部屋で良かったの?」
アリアがダンバに気を使いながらクラウドに話しかける。
「構わねえよ。盗られて困るもんなんかないしな。今まで金は困れば宿屋なんかで料理作って給金もらってたし。たくさんは持ち合わせてはないさ。だいたいアイツ、盗みとかできそうなタマに見えねえんだよな」
話の中心、当のダンバと言えば聖獣ジスと子猿のサンドにからかい半分で叩かれたり引っ掛かれたり噛まれたりして大騒ぎで広場を逃げ回っていた。
シェフのクラウドが、一人で買い出しに行くと言う。
「これ使って」
エリザベートが金貨一枚と銀貨数枚を渡そうとするとクラウドは断った。
「今晩は俺を仲間にいれてくれたお礼。パンなんかは食わせてもらえるみてぇだし。俺は美味いシチューでも作ってやるよ」
「シチューってなに?」
「ははは。お嬢ちゃんはシチュー食べたことがないのか? これは腕がなるねえ」
エリザベートは不思議な気分だった。
クラウドの笑顔は屈託がなく、とても健康的で明るかった。
彼に「お嬢ちゃん」と呼ばれることがイヤではなかったのだ。
クラウドは焚べた竈門の火がある程度落ち着いてから鍋をかけて、宿の店主が差し入れてくれた野菜を手早くナイフで刻んでお湯に入れた。
「じゃあ、買い出しに行ってくるから、火を見ててくれよな」
「分かった。クラウド、気をつけてね」
「おうよっ、行って来ます」
エリザベートに心配された声を掛けられると、クラウドはハハハッと笑ってから出掛けていった。