第三十五話 贖罪の羊皮紙
エリザベートの対峙する相手が戦う必要がない相手だと分かると兜も鎧もマントも消えた。
聖剣エクスカリバーはクワに戻った。
「へえ。どうなってんだそれ?」
シェフのクラウドは興味津々で、エリザベートをジロジロ見渡した。
「あまり見ないでもらえませんか?」
「失礼、失礼。そうだよな。漆黒の勇者がこんなにうら若き乙女だったとは知らずに無礼だったな」
エリザベート一行はまた歩き出す。
また人も増え獣も増えたが。
「貸してみな? 俺が持ってやるよ」
クラウドはアリアの聖獣シヴァが入った鳥籠をヒョイッと肩にかついだ。
「ふーん。で、漆黒の勇者に戻ったわけだ。そしてアリアさんの荷物を奪い返しに行くと」
いつまでもついてくる男に仕方ないから彼が知りたがったことやこれから向かう場所のことを手短に説明した。
「おいお前の猿! 俺からどかんぞ?」
クラウドの子猿のサンドはすっかり聖獣ジスの背中が気に入ったようで、ジスがいくら体を揺すろうが一向に離れようとはしない。
「あちゃー。聖獣殿の背中が気に入っちまったんだな。悪いけどよろしく」
シェフのクラウドは棒つきの飴をくわえてシャキシャキと歩いて行った。
「気に入ったって。おいっクラウド」
ははははは。
エリザベートもアリアもその光景が可笑しくって笑った。
「お嬢ちゃん、しかしなんだ」
「なにか?」
(何でこの人は私のことお嬢ちゃんて呼ぶのかしら)
アリアのことはアリアさんって呼ぶのに。
エリザベートたちはランドン公国軍にいた男ダンバの案内でモンキー山の麓まで来ていた。
「いやあのさ、お嬢ちゃんのならず者たちへの態度は俺は甘いんじゃねえかなって思ったわけよ」
「あのそうですか? エリザベートさんの持っている羊皮紙には魔法がかかってましたよ」
アリアがエリザベートの援護のつもりか一生懸命に説明する。
「やっぱりアリアには分かっちゃった? あれ“贖罪の羊皮紙”なんだ」
贖罪の羊皮紙とはランドン公国に伝わる罪人たちへの懺悔をさせるための魔法のアイテムだ。
作れるのは代々お城お抱えの魔法使いしかいない。
その効果は、筆で書き込む際に悔い改めさせたい相手を見ると名を名乗らずとも罪人の名が記される。
その相手が犯した罪の被害者から真に許しを得るまで、ランドン公国にもどの国にも長くは留まれない流刑の契約なのだ。
「はあぁぁっ。怖いねぇ、そんな紙だったとは」
「ランドン公国ではよく使われていたの。ランドンの友人から二枚ほど拝借してきたの。役に立ったわ」
「だけんど相手が、たっ…たとえば死んじまってたりしたらどう償うだ?」
そう必死にエリザベートに問うのは盗っ人の仲間のダンバである。
「“それ相応の対価“」
「それはなんだべ?」
「“贖罪の羊皮紙”は罪人が償うべき人物のところまで導いてくれるの。もし亡くなってしまっているなら、その人の大事な人たちの為に良きことをするのよ」
「そうだべか。途方もないことだげな。だけんどオラも案内が終わったらそうして欲しいだ。盗っ人の仲間になって後悔してるだ」
「分かった」
エリザベートは神妙な面持ちで頷いた。
「あの者達に渡した紙の方はガトヴァン大尉への推薦状であるのは本当であるから。罪を償った暁には、この者たちの処遇はあずけると。使えそうな者は鍛えていただきたいとは書いておいた」
麓の村に着いたエリザベート一行は装備を揃えることにした。
『エリザベート、やっぱり間違いないな。シヴァについている魔法の糸はモンキー山の頂上らへんに続いている』
相変わらずジスの背中には子猿のサンドが乗っていて、ジスの毛繕いを始める。
『またあのイカれ魔法使いと会うのはしゃくだけど仕方ないわね』
エリザベートは深い深いため息をついた。
その様子をシェフのクラウドがじっと見つめている。