第三十四話 シェフのクラウド
エリザベートは、この目の前の男が勝手に意気揚々と自分たちについて来ることに戸惑いを感じていた。
漆黒の勇者になってからは、ほぼ聖獣ジスとしか旅をしてこなかった。
聖女アリアを連れて守るのも、短い時間ながらなかなかに神経をつかっている。
ただアリアにはジスが助けてもらったこともあり、エリザベートのなかでは白魔道士には旅にいてもらいたいと思っていた。
アリアが教会に帰ったあとは、癒やし手の仲間を見つけるべきかもしれないと思っていたのだ。
だが、目の前のこの男はどうだろう?
信用するにたるか分からないし、だいたい武器を持ち合わせているようにも見えない。
気配を殺せるあたりは、何かしらの武道か剣の道かをかじっているかもしれないが。
エリザベートよりも遥かに長身な男は、浅黒い肌の鍛え抜かれた筋肉質な体躯は逞しかった。
袖から覗く筋肉が際立つ太い腕はよくよく見れば古い傷があり、料理道具を持ち振るうより武器を持つのに似合うようにも見えた。
清潔感を醸し出すやや明るい金色がかった茶色の髪。アーモンド型を少しばかり鋭くしたような瞳は碧眼で思慮深そうで強い光が宿り、引き締まった精悍な顔立ちはもし戦士であるならば意欲を感じ、好ましくはあった。
エリザベートはランドン公国軍の兵士が魔王軍にやられていくのを悔しい思いで見ていた。
仲間の兵士の数が一人で守るには多すぎて、守りきれずにいたことを今も後悔しているのだ。
すべての人を助けること。
それが無理だとわかっていても。
祖父を含めて、仲間すべての死の責任を感じている。
エリザベートはじっと正体の分からない長身の男をやや見上げながら、――見定めようと思った。
「悪いが、私はあなたも守れるか自信がない」
「んっ? ……ああ。はははっ。自分の身は自分で守るさ」
シェフはそう笑って、素早くあめ玉をエリザベートの口にぽいっと投げ込んだ。
「なっ、なにを!」
「毒なんか入っちゃいねえから安心しな。お嬢ちゃん」
そういって男は、あめ玉をみんなの口にもぽいぽいっと入れていったのだ。
「まあ。美味しい飴ですね」
アリアは素直に喜んでいる。
ジスは「お? ベリー味だ。毒はないな」と喜び。ハッと慌ててバツが悪そうにしてなめる。
「懐かしい味だなや」
ランドン公国にいた男も喜んでいる。
「駄目だと言われてもついていくさ」
「変わっているな」
「カトリーヌ……いえ、エリザベートさん。この方、保護魔法がかかってます。だいぶ古いですが良質の。効果はいつまでかは分かりませんが。弱い魔物なら攻撃を防げていると思います」
「ああ、だから大丈夫。俺はシェフのクラウド。アンタの腕っぷしに惚れたからついていくぜ。こいつは子猿のサンドだ」
なんだか……、どうしたことかしら?
この何日かはずいぶんいろんな人に出会うもんだなと、エリザベートはやれやれと苦笑いした。