第二百話 試してみる価値あり
「クラウドっ!」
エリザベートはクラウドを思いのまま抱きしめた。
クラウドはエリザベートに称賛の意味をこめて抱きしめ返す。
さらにぎゅっときつくクラウドは抱きしめる。
「やっぱりお前はすごいや。フフッ、流石だなあ、エリザベート」
どうしたらこんなに愛しい気持ちがちゃんと伝わるのだろうか。
「ありがとう。でも、すごいのはクラウドだよ」
プッとクラウドは笑った。
「ありがとよ。それで俺とキスの先はいつしてくれるんだ? ……やっぱりなと思ったぞ。無理だって言いやがって」
「だっ、だって」
「それじゃあ俺は死ねんなあ。お前を抱くまでは戦場で散ることなど出来ないからな」
エリザベートはクラウドがそう言うことで鼓舞するのが伝わってきた。
二人は究極の窮地に無理して笑い合った。
まだそこに一番の敵はいる。
そんなものはエリザベートもクラウドも分かっていた。
ヒシヒシと怒り猛け狂う魔王の邪悪な気配が闇の鋭利な刃となって、今にもこちらに降り注がんとしていたことも。
だけど、死ぬ時に後悔することだけはしたくないから。
心残りは作りたくない。
――「勝った褒美にエリザベートお前を今夜抱いてもいいんだろ?」――
クラウドは魔獣ドラゴンを倒す奇策になるかとエリザベートにさっきそう囁いた。
なにが勝利を導くのか。
窮地であればあるほどだめかもしれなくても、なにが突破口になるか分かりゃしねえなあ。
頭や心に不意に浮かんだら。
「馬鹿みたいなアホみてえな作戦でも何も試さないより試してみる価値はあるってもんだよな? エリザベート」
二度ともう出来ないかもしれない。
エリザベートお前に口づけること。
クラウドは心によぎる不安は叩き斬ってからエリザベートに伝わるように思う。
これが最後のキスになったら、お前は俺を、俺との口づけを思い出してくれるか?
「うん。なにもかも駄目でも私は絶対に諦めない」
「ああ。そうだよな、エリザベート」
クラウドはエリザベートの顎を持ち上げてから愛をこめて口づけた。
最後になるかもしれないエリザベートとの口づけを心に抱きとめて。
そうだ、お前は諦めない。
どんな絶望的な状況になったって希望と勇気を持ち続けて勇ましく戦う。
――俺は、そんなエリザベートが本当に愛しい。
弱気なわけじゃない。
クラウドは覚悟を決めただけだ。
否、決めていたものをまた心に刻んだ。
クラウドは天昇していく魔獣ドラゴンの魂を見上げて。
そのはるか上空に浮かぶ男がいる。
次に対決対峙するのが間違いなくこいつだとエリザベートもクラウドも分かっていた。
見据えた。
そこに浮かんでいるのが最大の凶悪な敵だと知っていた。
死するかもしれないがエリザベートだけは守り抜くとクラウドは力強く覚悟を決めていた。
己の全てを賭け、怒りを込めた。