第百九十三話 ルビアス王子と魔王の刻印
エリザベートは顔に強く打ちつける雨を厭わずに駆ける。駆ける。
エリザベートの漆黒のマントは雨をはね返し、雨もかまわず重くならずに翻っていく。
聖剣エクスカリバーをいつでも振り斬れるように右手に持ち、切っ先は自分に向け握りしめながらエリザベートは港町の石畳の通路を走り抜ける。
クラウドがエリザベートに追いつき並びながら駆ける。
ララの海賊船はすぐそこだ。
二人は船着き場の石畳を蹴ってはるかに跳躍してから、ララの海賊船の後部の甲板に着地した。
「ルビアース!」
エリザベートは叫ぶ!
「無事か?! ルビアース!」
クラウドはルビアスの姿を探す。
二人は魔王の闇の刻印の気配に気づく。
海賊船の中央部分の一番高く太いマストに闇魔法で作られた縄で縛り上げられて逆さ吊りになる気絶したルビアスの姿があった。
――そして。
仲間たちが何者かと戦って甲板に無残に倒れていた。
大切な皆が大量の鮮血を流し誰かの呻き声が聞こえていて、全員が倒れていて生死が分からない。
聖獣たちも倒れていた。
聖女アリアもランドルフも聖獣バルカンも聖獣シヴァも聖獣セイレンもララの部下の二人も致命傷を負っていた。
聖獣ジスがマストの下に横倒しに倒れて血を流していた。
死んでしまっているならば、もう白魔法は効かない。
回復魔法はあれど、死して終わった命は甦ることはまずないのだ。
「ああ――っ!!」
エリザベートはみんなに聖獣ジスに駆け寄ろうとした、――が、阻まれた。
強大凶悪な力によって。
邪気と魔物が起こす邪悪なる風がつむじ風を起こす。
――エリザベートの前に完全邪悪なる圧倒的な強さをもってして立ちはばかる。
この気配をエリザベートは思い知っている!
誰だかは分かっていた。
エリザベートの目の前に恐ろしい魔界の王が立つ。
――その者の名は魔界の大魔王ヴァーノン!!――
漆黒の勇者エリザベートの宿敵にして因縁の仲の存在。エリザベートの大切な者をありとあらゆる手段でもって奪っていく残虐狡猾な魔界の大王。
エリザベートを壊し、世界を壊そうと目論む残酷さで出来た生き物。
人間世界をも統べるべく殺戮を繰り返す魔界の大魔王が、漆黒の勇者エリザベートの前に紫煙の闇の炎を纏いながら高らかに笑いながら出現した!
魔王はその冷酷かつ残虐で様々な色を変える瞳でエリザベートを見すえた。
漆黒の勇者エリザベートは魔王ヴァーノンと対峙する。
「久しぶりだな。愛しいエリザベート」
魔王はあたりを震え上がらせ凍りつかせるほどの冷酷さを放つ声音で、エリザベートに囁く。
「おいで。我の愛しい漆黒の勇者エリザベートよ」
クラウドがエリザベートの前に進み出て匿うように遮った。
エリザベートを背後に庇いながら、戦斧バトルアックスをグッと握りしめ構える。
緊迫する。
海賊船上の空気ははっきりと邪悪なる闇に包まれ、魔王出現によってビリビリと空間が軋む音が鳴り響いていた。
地上のすべてをまるで消してしまいそうなほど降り注ぎ、猛烈な雨が飛沫となって眼前の視界を奪う。
時折雷鳴すら響き、一瞬辺りを白黒に浮かび上がらせる。
雨脚は益々強くなっていた。