第百七十七話 落ち込むアリアに寄り添うエリザベート クラウドが気になる男
二人の商人は、北の大地ルーシアスの中のいくつかの国が廃墟寸前だとも語る。
「はあ〜。食った食った。もう入らねえや、満腹、満腹。それじゃあ、姉ちゃん兄ちゃんご馳走さま」
「あんたたち、もしもルーシアス共和国に行くつもりなら、悪いことは言わない。やめておいた方が良いよ」
商人達は料理をたらふく食べて上機嫌な様子で帰って行った。
エリザベートたちは先ほどの薬草商人たちの話を聞いて、しばし各々《おのおの》が思案していた。
なかでもアリアは故郷ルーシアスの現状なのだから複雑な表情で浮かない。
「アリア、大丈夫?」
エリザベートがアリアの座る席まで行って、アリアの両手を握った。
アリアの微かな手の震えがエリザベートに伝わる。
ショックを受けみるみる蒼白していくアリアの表情が痛々しい。
「はい。だけど教会のシスターたちが気になってしまって」
アリアが下を向いて泣きそうになると、ランドルフがアリアの肩を抱いた。
「ごめん。ボクたち船に先に帰るよ」
「ああ。そうだな」
「うん、そうしてあげて。戻ったら温かいジンジャーティーでも飲んだ方が良いわ」
「気をつけてな、ランドルフ。アリアさん」
ランドルフがアリアを心配して、手をつなぎながら、席を立つ。
「……アリアは大丈夫かな」
エリザベートはアリアのことがすごく心配だった。
(――私も故郷ランドン公国の話は衝撃であったし、いまだに受け止められていない……)
真実を目のあたりにして見なくては、たとえ誰から言われてもなかなか受け入れられないかもしれない。
「ランドルフがついてるから、大丈夫だと思うがな」
クラウドはガウンの襟を直しながら、ふと何かの気配を感じ店の出入り口に視線がいく。
――むっ。なんだ?
鋭い痛むような視線、――殺気がする!
店に入ってきたばかりのフードを目深に被った男が気になった。
「俺はもう少し違う酒場に行って話を聞いてくるよ」
言いながらルビアス王子が席を立ち上がる。
間合いを見計らったように、クラウドが気になって見ていた男が太い短刀をルビアス向けて投げつけて来た!
「ルビアスっ!」
クラウドはすぐさま立ち上がりルビアス王子を自分の胸に引き寄せてかばう。
その姿勢のまま刹那、机上の食事用のナイフを襲って来たフードの男に目がけて思いっきり投げつけた。
次から次へと迫る短刀から、ルビアス王子を庇いつつ次への攻撃に備えてすぐさま他の食事用ナイフも掴むと、クラウドの手がふさがる。
相手の攻撃をギリギリで交わしたクラウドの頬を、鋭くごつい刃のバトルナイフがかすめていく。
鮮やかな血飛沫がクラウドの頬から散った。
男が投げた短剣はクラウドの後ろの壁にザクッと突き刺さる。
ほぼ同じタイミングで、クラウドが投げたナイフがフードを目深に被った男の右腕に突き刺さり、男の身体が後ろに仰け反った。
「くっそうっ!」
すぐに男は倒れかかった体勢を整え直し左手で刺さったナイフを抜き、血が流れ出る傷口をぎゅっと抑える。
その間僅かな時で、エリザベートが一瞬で軽々と食堂の人々の間を跳躍し何人も飛び越え、素早くフードの男の前に着地し聖剣を向ける。
「――貴様は何者だ? どこの手の者だ?」
エリザベートが聖剣エクスカリバーで喉を正面から狙い男に凄むと、よろけた男の頭からはらりとフードが外れた。
「にっ、兄さん――っ!?」
ルビアス王子はこの世のものではない者を見たような驚きようで、口を開けて男を指差す。
「兄さんじゃないかっ! 何してるんだっ。なんでこんな場所に……」
「この人が?」
「こいつが?」
「「ルビアスの兄っ!?」」
エリザベートの目の前にはルビアス王子とそっくりだが、少しだけ色気の甘さを足した男が立っていた。