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第百七十一話 心解れて、甘い海賊船の夜

エリザベート達の船旅はオワイ島を出航してすでに4日が過ぎていた。

 途中、何度かララの海賊船は港に寄り水と食料を足す。

 ララが航海にかかる日にちは、潮の流れや天候などからおおよそ10日間ぐらいではないかと予想していた。

 怖いぐらい航海は順調だった。

 魔獣の襲撃も今のところはない。


 ――女船長ララの読みでは、とうぶん大きな天気の崩れも嵐の気配はない。

 

     ◇◆◇


「アリアは、ルーシアス共和国からは馬車でほぼ移動したの? 山越えは何で?」


 エリザベートは以前パパイナ島でアリアから旅の話を聞いていた。

 北の大地ルーシアスからオワイ島までは着くまで、もう何日経っていたかアリアは正確には覚えていないようだった。

 途中、自分という存在が役に立つならと、数日滞在した村里もあって。

 村人たちに懇願され放ってはおけずに、診療所や野戦医院で病気や魔物にやられた怪我を治す手伝いをしたりもした。

 それは毎日がとても必死だったのだ。

 無我夢中でいたから、日記などに書き留める心の余裕はアリアには微塵もなかった。


「私は徒歩もあり、馬車も乗り川下りもしましたわ。山は超えるのにそれは大変でした。緩やかな坂では酪農の方々に、馬車の荷物の隅に載せてもらったりですね」

「荷馬車で?」

「自分の足で山登りももちろんしましたよ。他には急な山道では、お金を出せば背中に薪をのせる背負子しょいこに人を乗せて運んでくれる人達に頼んだりです。あとは船で大陸からオワイ島まで来て。――やっと! やっと会えて良かった。エリザベートさんに会えてよかったです」

「うん! 私もアリアと出会えて良かったよ。本当辛かったね。アリア」


 船上の甲板でエリザベートとアリアはひしっと抱き合った。


 アリアから聞く話は大変な旅だったと想像するにあり余る内容だった。


 北の大地ルーシアスはいくつかの小さな国々の集まりだ。

 国々が仲良く連携して助け合っていた。


 エリザベートは遠いルーシアス共和国の地に、アリアの故郷に思いを馳せた。


    ◇◆◇


 エリザベートたちを乗せた船旅の夜も、まだまだ宵の口である。

 

「エリザベート」


 一人でいるエリザベートを気にかけてクラウドは静かに歩み寄る。


「クラウド?」


 甲板で船の欄干に背中を寄りかかって、エリザベートは船のマストを見上げたり、煌めく美しい北極星を仰いでいた。


「寒くないか? エリザベート」

「うん、少し。でも大丈夫。これぐらいの寒さ、なんてことないわ」

「いいや、お前がいくら勇者だからって寒いもんは寒いだろう?」


 エリザベートはクラウドに気づいて、エリザベートからもクラウドの方へ歩み寄った。

 甲板には二人だけがいる。

 二人でマストの下の積荷に腰掛けた。


「今夜は星が降ってきそう」


 無数の星々がキラキラと瞬いて今にも二人に降り注いできそうだった。


「ああ。星が降ってきそうなぐらい綺麗だな」


 クラウドは自分の上着を脱ぎ、エリザベートの細身の肩にかけてやる。


「強がるな、意地っ張り」

「あっ……、ありがとう」

「ああ」

「いくらエリザベートが勇者だからって体を冷やすのは良くないだろうが。……お前は強くとも普通の人間だ。風をひかれては俺が困る」

「ふふっ、クラウドが?」

「そうだ。お前が辛そうなのは見てられんからな。俺だけじゃないさ、ふだん明るいお前が元気じゃないとみんなが心配する」


 クラウドはオワイ島で泣くエリザベートを思い出す。

 お前の肩にはたくさんの重圧がかかっていたんだな。

 ――当たり前か。

 クラウドは胸のあたりがぎゅっと痛んだ。


「もっと俺を頼れよ、エリザベート。俺に身を預けて、お前は楽にしろ」


 こんな細い肩に世界の命運がかかってきたんだから。

 俺がお前の重荷を軽くしてやる。

 一緒に戦うから、お前の辛さを俺に預けな。

 こんな時ぐらい楽になれ。


「クラウド……ありがとう」


 クラウドがエリザベートの肩を抱く。

 エリザベートのこんな小さな体のどこに、あんな圧倒的で勇ましく強い剣をくり出す力があるのだろう。

 クラウドはますますエリザベートを愛しく思えてぎゅっと抱きしめた。


「でも……、平気だよ私。クラウド」


 私は甘えてばかりはいられないよ。

 そんなに他人を頼っては弱くなってしまう気がした。


「なあ、俺の前だけでも弱くていいんだ、エリザベート。分かっているか?」

「うん。クラウドの気持ちは嬉しいよ」

「このままじゃ、お前が折れちまう」

「大丈夫。クラウドには充分弱さを見せてるから。それに仲間が出来たもの」


 倒した魔王がまた甦り、他の誰でもないエリザベートが一番脅威に感じているはずだ。


「あのなあ、恋人同士になったんだ。無条件に俺には甘えろ」

「えっ、そっ、そうだね」


 クラウドはエリザベートを包むように抱きしめた。

 たしかなクラウドの温もりは躊躇いも迷いもエリザベートの張っていた心も溶かすようで、ホッとする。

 エリザベートは瞳を閉じた。


(ここはクラウドの胸のなかは私が安心できる唯一無二の居場所……、出会えた。ようやく見つけたんだ)


 クラウドのそばは温かく、生きている心地を実感できる。

 息づかい、温もり……男らしい腕に抱かれ、エリザベートはドキドキしながらも身を任せ委ね、クラウドに心を許していった。

 こんがらがった感情こころの糸をほぐされていく。


「……うん。クラウドはあったかいね」


 クラウドの体も心も。

 安心できる。


「ああ……、そうだ。エリザベートほらあれだ。その……」


 なんとか感傷に浸りながらも己を鼓舞しようとするエリザベートを慰めたくて、クラウドは気の利いたことを言いたかったが上手い言葉を思いつかなかった。

 気障キザすぎない言葉を紡ごうとしたのに、クラウドの口からは出すには小っ恥ずかしいセリフばかりが浮かんで躊躇って、口をつぐんだ。


「フフッ……」

「笑ったな」

「だって私のために何か言おうと、必死に慰めようとしてくれて、嬉しくて」

「嬉しいか?」

「うん」

「それは良かった」


 クラウドはエリザベートの胸元の控えめにもひときわ輝くネックレスにそっと触れる。


「これは? 俺がお前に渡したものか? 気にはなっていたんだが」

「ランドルフが私たちの恋に祝福してくれるって。あなたの思い出のダイヤをネックレスにしてくれたんだ」

「あのランドルフが?」

「うん」


 ――あいつ。

 ランドルフは損な性格だな。


「ふーん。ランドルフがねえ」


 あいつはやけにひねくれているし、とんでもない事もしてきたが、エリザベートのことを大事に思っているんだな。


 エリザベートとクラウドの脳裏にパッと、黒の魔法使いランドルフの皮肉げないつもの笑みが浮かんだ。


「まったく。ランドルフ、あいつの顔が頭にかすめていく時はニヤリと見透かした笑顔か、皮肉屋な微笑みばかりだ」

「ふふっ、クラウドもランドルフの笑顔が浮かんだんだ?」

「ああ、エリザベートもか? ランドルフの話ばかりしていると、ヤツが邪魔しに来るやもしれん。……だから」

「んっ? だから?」

「余計なことを話せないようにしてやる」


 クラウドはエリザベートにゆっくりと口づけた。


「……クラウド」

「たまには甘く過ごす夜も良いもんだろ? エリザベート」


 二人は抱き合い見つめ合ってそっと静かに幾度かキスを交わす。

 夜風に冷えていた体も互いの唇も熱を帯びて、体温を分け合う。



 海賊船の船室の中では、酒を飲める者は飲み賑やかで和やかな談笑が続いていた。

 

 

 海賊船にはエリザベートとクラウドとルビアス王子に聖女アリアと黒の魔法使いランドルフに聖獣ジス、聖獣セイレン、聖獣シヴァ、聖獣バルカンに、ララ船長と白の魔法使いカルラとララの腹心の部下二人が乗り込んでいる。


 今回はランドン公国軍にいたダンバとクラウドの子猿サンドはエリザベートの農園で留守番だ。



 エリザベートは大好きなクラウドの胸の中で星空を見上げて、じんわりと温かく心が溶けていくような感覚を味わっていた。

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