第百六十九話 クラウドの飴玉とエリザベートの葛藤と
エリザベートは海のそばで大きい流木に座り聖剣エクスカリバーを磨いていた。
愛用の剣を両手で持ちながらなにやら思案していた。
――私がララをまた海に誘い出してしまったのか。
良かったのかな。
ララの海賊船の洞窟から帰って来て、夕ご飯づくりまでは思いがけず一人の時間ができた。
出航は三日後と決まった。
船で進めば早い。
アリアの故郷の北の大地ルーシアスまでは、馬や馬車や歩きで向かいそびえ立つ険しい山をいくつも超えるよりは必ず断然早いはずだ。
急に自信がなくなったのはなぜだろう。
雨が降りそうだ。
重たい雲のせいだろうか。
気分が落ち込んで自信が出ない。
オワイ島では珍しい、黒くて重たい雲が空の全体をおおっていて、まとまった雨が降りそうだ。
「エリザベート。疲れてんのか? ……いや、落ち込んでるのか、お前」
ふわっと背後から抱きしめられる。
「……クラウド。……うん、私ね。……ちょっと疲れたのかな?」
クラウドから抱きしめられて、エリザベートはぎゅっと瞳を閉じる。
胸のあたりが切なくて苦しくて。
なのに、抱きしめられて嬉しい。
エリザベートの座る流木にクラウドは一緒に座り寄り添い、心配げにエリザベートを見た。
視線を砂浜に落として、エリザベートは黙った。
「どうした?」
クラウドがエリザベートの顔を覗き込む。
クラウドのいつもよりゆっくりと話す優しい声が、エリザベートには心地良い。
「ううん。なんだかわからないのに急に心配になって」
「ほら、飴玉でも食え」
クラウドはエリザベートの可愛い口に小さなベリーの飴玉を優しく放り込んでやる。
甘酸っぱい果実の味がエリザベートの口のなかに広がる。
クラウドはエリザベートの肩を抱いた。
海辺には誰もいなかった。
波の音がさざめいて、時々海の水平線のはるか遠くにクジラが見えた。
エリザベートの頬にクラウドは口づけた。
いつもの激しいキスではなくて。
そっと。
大切な宝物が壊れないようにというかのような仕草で。
「ねえ、クラウド」
「うん?」
「飴玉ありがとう。いつも持ち歩いてるよね?」
「ああ。軍隊時代の名残だな。教訓というか。戦や非常時の携帯食の一つだと思ってる」
「非常食かあ」
「いくつかの飴玉だけで何日も敵地に生きながらえたことがあってな」
クラウドの将軍時代はあまり訊ねてはいけない気がしてた。
「聞いてもいい?」
「んっ?」
「クラウドは帰りたくならないの?」
「国にか?」
「うん」
「俺はあまりないかな」
「えっ」
「俺はお前といたいから」
クラウドは落ちこんだ様子のエリザベートを抱きしめた。
「自信がなくなったのか? 急に」
「クラウドっ。クラウドっ」
クラウドに抱きしめられて安心して、張りつめてたエリザベートの心からはいろんな思いがこみ上げた。
いつしか泣きじゃくっていた。
クラウドはそんなエリザベートの頭を撫でながら優しく励まし褒めてなぐさめた。
「偉かったぞ。ずっと大変だったんだよな。俺たちは出会うのが遅かったのかもしれんな、ごめんな。エリザベートとジスの二人だけで孤独な戦いだったんだろ? これからは俺が必ずどこにいたってお前のもとに駆けつけ、お前を助ける。いいか? 必ずだ。約束する。お前には俺がついている、だから安心しろ」
クラウドに強く抱きしめられながら、またエリザベートはもっと私は強くなれると頑張れるような気がしていた。