第百四十六話 馬で駆ける
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――黒の魔法使いランドルフは、憂い顔で数年前を思い出す。
その日エリザベートは愛馬にまたがって、ランドン公国の大公アルフレッドと黒の魔法使いのランドルフと月のカケラの湖に馬駆けし、訓練の合間の息抜きをしていた。
「明日から私は旅立つの」
「エリザベート」
「ボクも行くよ。君の代わりにエリザベートを守るから。いいだろ? アルフレッド?」
アルフレッドはボクとエリザベートを見ながらすごく辛そうで泣きそうだった。
ランドルフは前大公の側室の孫だ。大公に嫁いだ祖母は代々魔法使いとしての家系で、公国に仕えていた。
ランドルフの親戚にあたるのがアルフレッドだ。
前大公である祖父が同じだ。
アルフレッド次期大公は早い段階からエリザベートとは恋仲で二人はとても仲睦まじくあった。
ランドルフはエリザベートとアルフレッドの二人の仲の良さに憧れを抱いていた。
エリザベートにはローリング指揮官しか身寄りがなかった。
ローリング指揮官は公国を守る代々の騎士団の家系で大公たちの全幅の信頼の元に次の騎士団の育成を担っていた。
ランドルフの周りには絶えず女性がいて異母姉妹が何人もいたし、自分が容姿に恵まれていることに気づいていた。
華やかな城内の暮らし。
だけどいつの間にかひねくれて友達もいなかった。
人を寄せつけなくなっていた。
だがある日。
「遊ぼう、ランドルフ!」
「遊ぼう!」
騎士団の鬼のローリングの孫でランドルフよりも4才年下の小さなエリザベートと、彼女と同い年の次期大公アルフレッドが話しかけてきた。
初めはただ「やれやれ仕方ないな遊んでやるか」と思った。
だがいつの間にか二人の可愛さに、ランドルフは弟と妹を得たかのような幸福な気持ちをもっていた。
エリザベートもアルフレッドもランドルフを慕っていつも後ろをくっついてまわって来た。
――二人を守りたい。
ランドルフは強く願うようになる。
まっすぐに彼は一途に、二人を守りたいと思った。
二人に婚約をすすめたのは他でもないランドルフだったのだ。
エリザベートとアルフレッドの可愛いらしい二人の恋を守りたかった。
アルフレッドは父の大公が流行り病で突然亡くなり、14才の若さで大公の座を継いだ。
ランドルフは大公となったアルフレッドに直々に指名を受けて、城のお抱え黒魔法使いとなった。
そして魔王がやって来た。
エリザベートは漆黒の勇者になった。
彼女は勝ち目のない戦に旅立たねばならなかった。
「エリザベート!! エリザベート!! 俺もお前と一緒に行く!」
エリザベートと共に行こうとするアルフレッドをランドルフは魔法で城内にとどめた。
アルフレッド大公はエリザベートとの辛い別れに泣き続けていた。
「エリザベートが死んでしまう!! 俺がエリザベートと行く。俺がエリザベートを守るんだ」
「君は辛いかもしれないけど国を守らなくっちゃ。ボクがエリザベートを君の代わりに守るから」
「本当だぞ!! ランドルフ!! 誓え! お前の命に賭けて」
「誓うさ。ボクがエリザベートを守る。アルフレッドの代わりに必ず守る」
ランドルフの横で、勇ましく愛馬に乗るエリザベートはぎゅっと唇をかんで涙をこらえながらランドン公国を出発して行った。
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黒の魔法使いランドルフはあのアルフレッドの叫びを忘れていない。
「君は本当にエリザベートを捨てたのかい?」
新しい恋に身を委ね始めたエリザベートを見ながら、ふと思い出すのだ。
あんなにエリザベートを愛したアルフレッドがなぜエリザベートを捨てて、他の女と結婚なんかしたのかと――。
「ランドルフ! 行こう」
エリザベートがおっかない西国の獅子クラウドと一緒にいて、扉を開けながらボクの方に向かって呼んでいる。
「ねえランドルフ。聞いてますか?」
可愛い聖女アリアもボクを呼んでる。
ボクに微笑んでる。
そうか。もうすぐ元女海賊ララの元へ行く時間だな。
黒の魔法使いランドルフは魔法書を閉じた。