第百三十二話 席を外すクラウドに
ふと、エリザベートが部屋で周りに視線を巡らすとクラウドの姿がない。
エリザベートは席を外したクラウドを追いかけた。
――それは衝動的だった。
(話したい。クラウドと話したいの。目を見て、視線を合わせて、彼の瞳を見つめてたい)
エリザベートの気が逸ったのだ。
自分でもエリザベートは自分の気持ちがよく分からなかったが、クラウドを追いかけて彼と話がしたかった。
「クラウドっ!」
「ああ……。エリザベート、どうした? うんっ?」
エリザベートの黒曜石の瞳がクラウドの碧眼を切なげに見つめる。
こんな表情をするエリザベートにクラウドはどんな態度で接すれば良いのか迷った。
手を伸ばせばすぐそこにエリザベートはいて、麗しき瞳に自分の姿が映りこむほどの、こんな近くで自分を見つめている。
エリザベートとの至近距離はクラウドの胸を切なく苦しめた。
(……生殺しだ。なぜそんな表情で俺を見つめるんだ)
つとめて明るく。
普通に――。そうだ、自然にだ。
クラウドは、ふぅっとひと呼吸して口を開いた。
胸に込み上げる愛しさも、エリザベートを今すぐにでも抱き寄せ腕の中におさめたい、ぎゅっとエリザベートの華奢な身体を抱きしめていしまいたい……そんな欲望も抑え込んだ。
落ち着け……、愛しすぎるからって。
エリザベートをいっそ抱きしめて、甘く激しく口づけて困らせてみたくもなる。
――まあ。……俺にはそんなこと、とうてい出来やしないのに。
大人で、紳士になればなるまい。
ただ自分の気持ちをエリザベートの気持ちにお構いなしにぶつけるだなんて、みっともないじゃないか。
相手は誰にも変えられない、この世で唯一の好きな女なんだから、余計に節度をもち距離を保って。
こいつを……、エリザベートを哀しませてはいけない。
ふーっ、深呼吸だ。
クラウドはそっと一つ息を吐く。
エリザベートに感づかれないように、小さくそっと。
「クラウド、あのね」
「んっ? いったいどうしたんだ? エリザベート」
そう話しかけると慌てたエリザベートがまた可愛くて。
――何故だ?
何故、俺を……エリザベートは追いかけてきたんだ。
あの日のエリザベートとのキスで痺れた感覚をふいに思い出して、クラウドは湧いてくる欲望を必死に抑え込む。
「あっ……、ううん。なんでもないんだけど」
エリザベートは下を向いた。
ただ、……話したくて。
クラウドと話したい。
それだけなのだ。他意はなく別段急ぎの用事もない。
追いかけてまで話しかけたことを、思いつく言い訳すらなかった。
クラウドともっと一緒にいたい、話してみたい……ただそれだけ。
エリザベートはシュンッとなり俯いた。
気持ちは恥ずかしさとやるせなさで萎んでいく。
こんな時、どうしたらいいのか分からなかった。
アルフレッド以外にこんな感情を抱いたことがないのだ。
――寂しい、とか。切ないって……、そんな気持ちをクラウドに対して抱くだなんて……。
「ああそうだ、エリザベート。さっきの手合わせだが、だいぶ剣の動きが良くなったな、エリザベート」
クラウドは目を細めた。
エリザベートに優しく微笑む。
「えっ? 本当? ありがとう」
エリザベートはなにも続ける言葉が見つからず困り果てていた。
なんでこんなにドキマギするんだろう。
「あとで俺は必要な備品を求めに買い出しに行くが、エリザベートも一緒に行くか?」
クラウドはエリザベートを抱きしめたいのを我慢して、あくまでもさりげなさを装った。
「うんっ」
クラウドはエリザベートの頭を大きな手で優しく撫でた。
「お前があいつらをなんとかしてやれ。アリアさんを応援するんだろ?」
「そうだよね」
「俺はそういうの苦手」
他人の色恋沙汰に口出せる器用さはない。
アドバイス出来るような恋愛の経験などないんだ。
――目の前のエリザベートを思う。俺は自分のことで精一杯だから。
クラウドは辺りの様子窺いに警護と気分転換を兼ね、散歩に出掛けて行った。