第十二話 勇者といえども
カトリーヌはルビアス王子の泊まり宿から飛び出して家に帰って来ていた。
ルビアス王子の言うとおりだと思った。
――勇者なんだから。
戦うのは当たり前なんだ。
波の音が優しく部屋に響く。
人々を守ることは崇高で初めはその力が得られたことはただ嬉しかった。
(おじいちゃん)
聖剣エクスカリバーを探す旅の途中でランドン公国軍ローリング指揮官は孫娘のために追跡してきた魔王の前に散った。
(私はおじいちゃんを失って)
魔王を倒して仇は討った。
世界は、救われた。
(だけどそのあいだに。あの方との恋も失った)
私がただの娘に戻ることは叶わないのだろうか。
一方、その頃。
ルビアス王子の泊まり宿の一人と一匹と一羽の方はというと。
「おいっ。へっぽこ王子。お前のせいだからな。カトリーヌは泣いていたぞ」
「すまん。俺は漆黒の勇者があんなに可憐な乙女だとは知らなかったんだ。もっとこう鋼のごっつく勇ましい女かと思っててさ」
(まあ、ある意味鋼なトコもあるんだがな)
ジスはもう付き合いの長い相棒を思いやった。
やたらと強い。
だけど優しく。
もろく。
時には弱い。
だがジスはそんな人間くさいカトリーヌが大好きだった。
「偉そうに言うな。へっぽこ王子。魔王と戦っていた時お前は駆けつけたか?」
「うっ」
二の句がつげない。
「そこを突かれると言葉に窮する。言い訳にしか聞こえないと思うが魔物の攻撃から自国を守るので精一杯で」
「なあ、駆けつけなかったよな? やらねえ奴に限って偉そうに抜かす。お前に勇者を非難する権利はない」
「そうですねえ。確かに。言うは易しですからね。あなたはあの子の苦悩を知らない」
矢継ぎ早やに聖獣達に責められてルビアス王子はしょげた。
「漆黒の勇者といえどもまだ若い娘だ。犠牲をいろいろと払ってきたんだ。戦いだけではあまりにもかわいそうだとは思わないのか? へっぽこ王子」
犬のジスに答えに詰まるような痛いところを突かれてルビアス王子は猛省した。
「俺は帰るが。バルカンお前はどうする?」
犬のジスは空中に飛んでいるバルカンを仰ぎ見る。
「ワタクシは魔導師さまのそばにいなくては。それがお役目ですから」
「お前が来たってことは、今度は漆黒の勇者だけでは済まないということだな」
「そう思っていいと思われます」
じろりとジスはバルカンを見た。
「ちなみに」
「はい?」
「お前は誰の命で来たんだ?」
「そんなの分かりきっているでしょう? 女神イシス様ですよ。ジス」
「だろうな」
ジスはなにやら遠い目をして戸口に立った。
「オレは帰る。へっぽこ王子。まあ進退決めるんだな」
短く言い残して聖獣ジスは去って行った。