第百一話 臆病風
クラウドの熱くて激しいキスに、エリザベートはくらくらとしていた。
心地よい目眩があろうとは思いもよらなかった。
頭の奥が痺れて、まともに考えることが出来ない。
体の内側に走る甘いピリピリとした感覚に、深い吐息が出た。
胸が、ドキドキとして止まらない、おさまらない。
「……エリザベート。お前」
俺をどう思ってる?
聞きたいのに聞けない。
いつから俺は、こんなに女に臆病になったんだ。
熱くキスを交わしたって、エリザベートのなかの思い出の男が消えていないのが分かる。
感じてしまう。
エリザベートの心のうちには俺がすんでいるわけじゃない。
「クラウド」
エリザベートがクラウドに何かを告げようとした時、遠くの方から聖獣ジスの声がした。
「エリザベート、どこにいるんだ〜? エリザベート!」
聖獣ジスがエリザベートを探して幾度も呼んでいる。
クラウドは微かに躊躇いながら今度は軽くエリザベートの頬に口づけて、一度抱きしめた。
「すぐに俺の全てを受け入れろとは言わない。たとえお前が今、俺をどう思おうが、――俺はエリザベート……お前が好きだ」
「……クラウド、私」
「お前が俺をいつか選んでくれるように、俺は全力でお前の役に立ち、お前を守っていく。もう一度伝えておく。俺はエリザベート、お前のことが好きだ。お前に惹かれているし焦がれている」
いつかお前が、胸の中に住まうソイツを思い出に変えるまで待つ。
クラウドは抱きしめていたエリザベートをそっと優しく離し、じっと優しく愛おしさを持った熱い瞳で見つめた。
エリザベートは自分を見つめるクラウドの青い澄んだ瞳がとても美しいと思った。そのクラウドのアクアマリンの宝石の様な輝きを放つ瞳が、エリザベートを見つめ捉えている。
絡んだ視線、離れがたくなる。
「ジスに返事してやれ。俺がここの布団を運ぶから。エリザベートお前はジスの元へ行ったらどうだ?」
「クラウド」
エリザベートがなにか言いたげだったが、遮るようにクラウドは続けた。
「悪かった。無理矢理だったか? お前とのキスは……、そうだな。船上の蘇生の礼としてもらっておく。もう衝動に任せて、いきなり抱きしめたりしないから安心しろ」
エリザベートは、そんなんじゃないと思った。
クラウドのことがイヤなわけじゃない。
「――クラウド、私」
「ほら、ジスがエリザベートを呼んでるぞ」
「……わ、私――!」
エリザベートはクラウドに何かを言わねばと焦りながら声を出しかけたが、言葉にならなかった。
視線はクラウドを捉えたまま、去りがたいなんともいえない気持ちが胸を支配してる。
この感覚って、ああ……。
きっと『切ない』だ。ねぇ、そうなの――?
エリザベートは自分の胸に問いた。
私、私はまだ……。
アルフレッドが……。
心の奥まで見透かすようなクラウドの碧眼がエリザベートの黒曜石の濡れた瞳を見つめたままだった。
熱い、熱い想いのこもるクラウドの瞳……。
「おーい、エリザベート?」
聖獣ジスがエリザベートを探して呼んでいる。