迫害された予言の魔女は恋をする
『100日後の午前0時。魔女が生まれる。魔女は魔法を使い、国を滅ぼせるほどの力を持つだろう。それが災厄となるかどうかは人の業次第』
これはある占い師が出した「魔女の予言」予言は当たり、魔女は生まれた。
魔女は嫌われた。その力ゆえに。魔女は疎まれた。そのあり方ゆえに。魔女は迫害された。人の悪意ゆえに。
これは迫害された魔女が幸せになる物語。
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そこは豊かな国の片隅、雄大な自然に恵まれた村だった。普段は旅人すらもこない辺鄙な村に、白馬に乗った長身の男が一人、入って行った。
「失礼。村長殿の家はこちらであっているだろうか」
男はその村で一番大きな屋敷の扉をノックする。扉がギイと開き中から使用人が出てきた。
「帝都騎士団長、グラウスという者だ」
「お入り下さい」
グラウスは使用人に客室へ通される。中では細身の老人が皮のソファに座ってくつろいでいた。老人はグラウスの姿を見るなり立ち上がってグラウスに挨拶をする。
「これはこれは。この度はありがとうございます騎士団長殿。ささ、お座りになって」
「ああ」
グラウスは言われるがままにソファに座る。老人もそれに続いて向かいのソファに座る。
「お茶は何がお好みですかな」
「何でもいい。先に事情を詳しく聞かせてくれ」
グラウスの真剣かつ鋭い眼光が老人の目を見る。老人はその鋭さに一瞬たじろぎ、話を始めた。
「先日手紙で報告させていただいたことそのままになりますが、村の東にある池に巨大なヘビの魔物が出現したのです。それを騎士団様の方でどうにかしていただけないかと」
「ふむ、池にいけない魔物がいるというわけか」
「?まあそうなりますな」
グラウスは自身の渾身のダジャレがスルーされたことに内心ショックを受ける。
「......即刻どうにかしよう。こういった時のために騎士団はあるのだ。今回は私一人しか来ていないが魔物の1匹であれば苦戦することもないだろう」
騎士団は現在多忙でグラウス一人でしか来れなかったのだ。だがそれは一人でも大丈夫だろうという周囲のグラウスへの信頼の証明でもある。
「それは頼りになりますな。しかし一つだけ気をつけていただきたいことが」
「なんだ」
老人はわざとらしくグラウスに顔を近づけてヒソヒソと喋る。
「実は......池の近くには例の予言の魔女が住んでいるのです。どうやら本当に怪しげな術をつかうようで、何をするか分かりませぬ。騎士団長殿とはいえどうかお気をつけて」
17年前の予言。100日後の午前0時、国を滅ぼせるほどの力を持った魔法を使う魔女が生まれるだろうといった予言が国1番の占い師によってもたらされた。
その予言通り100日後の午前0時に一人の子が生まれ、その子は魔法を使えた。老人曰くその予言の魔女が池近くに住んでいるというのだ。
「なんせあの予言の魔女ですからね。凶暴に違いありません。皆恐れて倒しに行くことすらできないのです」
そう言う老人の表情はどこか楽しそうだとグラウスは感じた。グラウスの眉間のシワが深くなる。
「そいつは今まで何か悪さをしたのか」
「......特に話を聞いたことはありませんが、きっとしていますよ。予言の魔女ですからね。バレないように残酷なことをしているに違いない」
「そうか。まあとにかく行ってこよう。魔物を倒したら戻る。1日もかからんだろうよ」
グラウスはそう言って出された茶に手もつけないまま立ち上がった。
「それではどうかよろしくお願いします。くれぐれも予言の魔女にはお気をつけて」
グラウスは早々に部屋を出て屋敷を立ち去る。その際若いメイド達がグラウスの淡麗な、格好つけずに言うとイケメンな容姿のことをヒソヒソと話して盛り上がっていたがグラウスの耳には入らなかった。
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「まあこんなものか」
村を出て東にある池。そこへ辿り着いたグラウスは速攻で描写する間もなく背負った剣でヘビの魔物を倒してしまっていた。
「倒せたのはいいが死体は早めに処理したいな。......死体を処理したい。ふふっ、いいギャグを思いついてしまった。今度団員の皆に聞かせてやろう」
聞かせたところでスルーされるのが関の山だが、そんなことはつゆにも考えつかないグラウスは仕事が早く終わって上機嫌だった。
「しかしここは汚くなったな」
グラウスは池を見渡しながらそう言った。実はグラウスはこの池に数年前きたことがある。その時は池の水は澄み、ほとりに草や花が生えていて綺麗だった。だが今は村人達がゴミや牛の糞などを勝手に捨てるので水は濁り自然は枯れ果てている。それには魔女への嫌がらせの目的もあるのだが、そんなことはグラウスは知らない。
「まあ時の流れとはそういうものか」
グラウスはとりあえず報告に行こうと歩みを進める。その時だった。
「な......!」
グラウスの足をトラバサミが挟んでいたのだ。その刃は足の皮膚を裂いて肉に刺さる。
「何でこんなものが、しかもこれ毒が塗られている......!」
挟まれた足が痺れ、その痺れが全身に広まっていく感覚をグラウスは感じていた。それは一般人でも用意できるような即死性のない軽い毒だったが意識を失うには充分。グラウスは痺れに抗うこともできずに気を失った。
その光景を黒髪の一人の少女が見つけ、駆け寄った。
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トントントン。包丁がまな板を叩くその音でグラウスは目を覚ました。目を覚ました瞬間、飛び起きて状況を確認する。職業病のようなものである。
(汚れたベッド。室内。窓からは池が見える。体は動く。足も痛くない。右には少女が一人)
「あ、起きたんですね!」
台所に立っていた少女が振り返り、鍋から何かを注いでグラウスに駆け寄る。
「これ、野菜スープです。あんまり野菜入ってないんですけどね」
少女はにこやかに笑ってグラウスにカップに入ったスープを手渡す。グラウスは少しだけ匂いを嗅いだ後、そのスープを慎重に口の中に流して飲み込んだ。そしてボソリと「美味しい」と呟いた。
「ならよかった!」
少女が再び笑う。先程の笑顔は愛想を良くするための作り笑いでしかなかったが、今度は本気の笑顔だ。
「......私は帝都騎士団長グラウス。君は?」
「私の名前はニーナ。ここに住んでるの」
池の近くのここに住んでいる。その言葉が何を意味するかはグラウスは察しがついた。だがそのことにグラウスが言及する前にニーナは自身の正体を明かした。
「それと......魔女。私が予言の魔女です」
ニーナの告白。ニーナが魔女である。それはグラウスの予想通りだった。池の近くには魔女が住んでいてここは池の近く。魔女の家の近くに住むものはいないだろうので、ここに住んでいるニーナが魔女ということになる。
だがグラウスには一つだけ分からないことがあった。
「それはバラしてよかったのか?」
「謝りたいことがあるから......」
ニーナはグラウスの左足に指を指す。グラウスはズボンを捲って足を確認した。
「これは......足が治っている!」
トラバサミに挟まれた血だらけになったはずの足は傷一つなく、健康そのものだった。
グラウスが気を失っていた時間は数時間。もちろんその間に完治するはずがない。自然治癒で完治したとしてもあの傷であれば跡は残る。現状のように完璧に元に戻るはずがないのだ。奇跡か魔法でもない限り......
「まさか」
グラウスはニーナの顔を見る。
「そう、魔法を使って治したの」
ニーナは申し訳なさそうな顔で言う。グラウスにはニーナが何でそんな顔をするのか分からなかった。
「傷が浅ければ普通の処置で良かったんだけど......毒もあったし出血も酷かったから」
「それがどうして......」
「それとね!」
ニーナが俯いてグラウスの言葉を遮る。
「あのトラップも私のせいなの」
「......どういうことだ?」
「ほんとはあれ、私を仕留めるために村の人達が設置したんだ。だからこんなことになっちゃってごめんなさい」
「それは君が謝ることではないだろう」
グラウスの言葉に虚をつかれたかのようにニーナは驚いた表情で顔をグラウスの方へ向ける。
「君はあの村の連中に何かしたのか?」
「......何もしてないけど、でも私が力を持った魔女だから......国を滅ぼす魔女だから!」
ニーナは溜め込んでいた感情が溢れるかのように語気が強くなっていく。自分が悪い。魔女である自分がいけないのだと思うことが迫害されてきたニーナの自衛手段だったのだ。それを否定されては自分を守る理論武装がなくなってしまう。
だがグラウスはそんなニーナの考え方を否定する。
「強いってことは迫害されていい理由にはならないぞ。オレだってやろうと思えば故郷の人間ぐらいなら皆殺しにできるぐらい強いがそれで迫害されたことなんてない。君は力を持っているだけでまだ何もしていない。なら嫌がらせされていいような理由は一つもない
だろう」
大体あの予言は国を滅ぼせるほどの力を持った魔女が生まれるという話で、実際に滅ぼすとは言われていない、とグラウスは続けた。その言葉を聞いてニーナは思わず涙が溢れそうになる。
だがそれでも反論を続ける。
「で、でも魔法なんて気持ち悪いでしょ!魔法で足を治されて不愉快でしょ!」
それが今まで自分が悪いと思い込んできたニーナの理屈の最後の砦。だがそれすらもグラウスは簡単に壊してみせた。
「何言ってんだすごいだろ。こんな風に治療できる医者はオレは見たことがない。少なくとも気持ち悪いとは思わんだろう」
「で、でも私が......!」
「何だ、どうしても悪人扱いされたいのか?悪いがオレは善人を悪人扱いすることには慣れてないんだが......」
そう言ったところで遂にニーナの瞳から涙が溢れ出した。その様子を見て流石にグラウスも動揺する。近いだろうが年下であろう女子を泣かせたなんて騎士団長の名折れだ。
「な、何も泣くことないだろ。分からないけど言いすぎたのかもしれない。謝るよ」
「だって......だって!ずっといじめられてきて、ここに引っ越しても罠とか仕掛けられて、でも危ない力持ってる私が悪いんだって、そう思わないとやっていけなかったのに!」
ニーナの本音が溢れ出す。父親は行方知れず、母親は出産時に死亡。いじめられ育ってきて今の今まで迫害されてきたニーナは優しい言葉をかけられたのはこれが初めてだった。それゆえに心の中にとどめておこうと思っていた本音まで吹き出してしまったのだ。
その重い感情をグラウスは目の当たりにして、覚悟を決めた。
「ニーナ。オレと一緒に帝都に来い」
「え?」
唐突な誘いにニーナは困惑し、涙が止まる。
「君の力はきっと多くの人を笑顔にできる。君自身も含めてな」
「で、でも。魔女の力は危険で......人を笑顔になんて」
「なら試してみるか?ニーナ。君の魔法は植物を操ったりできるか?」
「できるけど......」
「じゃあ丁度いい。外へ出よう」
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「この池を綺麗にする......!?」
「植物を操ればできるはずだ」
グラウスはニーナの魔法があればこの池を綺麗にできるというのだ。ニーナは半信半疑だ。
「まあいいからやってみろよ」
「......でも、魔法の力を使うなんて」
ニーナは危険な魔法の力を極力使わないようにしてきた。その強さはすぐに人を傷つけると言われてきて、ニーナ自身もそうだと考えていたからである。
「大丈夫。オレを信じろ」
グラウスはそう言って胸をドンと叩いた。ニーナはそんな自信満々なグラウスに根負けしてやってみることにした。
「どうなっても知らないから!」
「大丈夫だよ」
「じゃあ......」
ニーナは地面に手をついて魔力を流し、植物達を活性化させる。魔力を得た植物達はグングンと成長する。池の汚れも植物達によって取り除かれ池は徐々に元の綺麗な姿を取り戻していった。
だが万事順調とはいかなかった。成長した植物達が暴れ始めたのだ。ニーナの魔力が乱れているからである。今まで魔法は危険で使ってはいけないものと学び、思い込んで生きてきたニーナの精神はこんな堂々とした魔法の使用に耐えられず、乱れていた。
「やっぱりダメだ!魔法は人を傷つけるんだ!」
その瞬間、伸びた植物の一つがニーナに襲いかかる。ニーナは止めようにも間に合わない。このままではニーナは植物に襲われて最悪死ぬだろう。
だがニーナはそもそも止めるつもりがなかった。これでいいと思ってしまったのだ。魔女の自分が調子に乗って魔法を使ってしまった罰なのだと思って受け入れてしまったのだ。
だがその植物はニーナを襲うことはなかった。
「え......?」
グラウスが咄嗟に植物達を剣で切り裂いてニーナを守っていたのだ。グラウスはニーナの手に自分の手を重ね語りかける。
「力は使う人間によって形を変える。正義の人間が使う力は正義になるし、悪意のある人間の力は悪になる」
グラウスは語りながらニーナに笑いかける。
「だから、いくら迫害されても人を傷つけなかった君の力は、きっと優しいものになるはずだ」
だから頑張れ。グラウスは力を込めてニーナを応援する。
「私の力が、優しい力......」
ニーナの心は安定し、植物達は暴れるのはやめる。そして——
「これ、私がやったの?」
池は元に綺麗さを取り戻し......いや、元によりも綺麗な姿になっていた。
「ああ、オレに言ったとおりになったろ?ニーナの魔法はたくさんの人を笑顔にできるんだ。早速一人目だな」
そう言ったグラウスの瞳には、にこやかに笑うニーナの姿が映っていた。
「私、帝都でもやっていけるかな......」
その呟きは期待と不安を同時に孕んでいた。その言葉を聞いたグラウスは真っ直ぐニーナの目を見る。
「ニーナ、オレと結婚を前提に付き合ってくれないか。オレが君を守りたい」
「......どういうこと!?」
唐突なプロポーズ。ニーナは流石に困惑する。今まで友人の一人もいなかった自分が出会って1日の人間のプロポーズされたのだ。困惑して当然だろう。
「付き合ってって、私のことが好きなんですか!?」
「ああ。一目惚れなんてものじゃあないが......どうやら私は君のことが好きでたまらないらしい。さっきから君の笑顔を見るたびに心臓がうるさいんだ」
「そ、そんなこと言われても......」
ニーナは恥ずかしそうにモジモジする。あまりに突然なことで混乱してはいるが、ニーナは自分の本心はすでに分かっていた。自分の常識をまるっきり覆してくれたグラウスのことが自分も好きなのだと。だから後はその気持ちに正直になって返事をするだけ。
そしてニーナが返事をしようと口を開いたその時だった。
「魔女がいるぞ!」
そこには老人を筆頭として村の男達が集まっていた。先程の植物騒ぎを見て駆けつけたのだ。
「じゃあさっきの植物は魔女のせいだな!」
「見よ!騎士団長殿が魔女に襲われておる!お助けするのじゃ!」
老人の一声で男達は石を投げつけ始める。グラウスはニーナを守るように石を剣で弾き「お前ら......」と怒りを露わにして村人達の方へ行こうとする。ニーナはそれを腕で制止した。
「ニーナ......どうして」
「騎士団長殿、さっきの告白考え直してもいいよ」
「な......!」
「私は貴方が思うような優しい女の子じゃないから」
ニーナは今までの過去を思い返す。殴られた。蹴られた。捨てられた。嬲られた。罵られた。除けられた。色々色々虐げられてきた。それは自分が悪いと思って自衛してきたニーナだったが、——思わないわけがないのだ。
「私だって......やり返したい!」
そう、やり返したと思わないわけがないのだ!
「うわああああ!」
ニーナが魔法を発動させると、村人達の足元から無数の薔薇が生えて村人達に絡みついた。
「ぎゃあああ!」
「トゲが刺さって痛い!」
まさに阿鼻叫喚。村人達は苦しみ叫ぶ。だがこの程度の苦痛は今までニーナが受けてきた苦痛の千分の一にも満たない。
ゆえにこれだけでは終わらない。ニーナは風を操り緩い竜巻を発生させる。
「ま、まさか魔女貴様!」
老人がこれから起こることを察したかのように怯えた。
「そのまさかよ」
ニーナは竜巻を村人達の方へ飛ばす。
「うわああああああ!」
竜巻は薔薇ごと村人達を飲み込み、村の方へ進んでいった。
「まあ軽症で済むでしょ。手加減してあげたし」
その竜巻の後ろ姿をグラウスは黙って見送った。
「どう?私はこういう女だけれどそれでもプロポーズする?」
ニーナは意地の悪い笑顔でグラウスに聞く。答えは分かりきっていた。
「もちろん。やはり君は笑顔が似合う」
「魔女と結婚するなんて後悔しちゃうよ」
その言葉は今や中身のない自虐に過ぎない。ニーナにとって予言の魔女であるということは誇らしいことになっていた。
「これからよろしく、ニーナ」
「......よろしく!グラウスさん」
そうして二人は他に誰もいなくなった池のほとりで、唇を静かに重ね合った。
そして唇が離れお互いニッと笑いあう。迫害された魔女は幸せを見つけることができたのだ。
「しかし、バラが竜巻で荒らされて......バラバラだな!」
「......」
ニーナの魔法は人を笑顔にできるわけだが、グラウスのギャグが人を笑顔にする日は果たしてくるのだろうか。
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