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願いが叶うという霊山で

作者: flyas

 本当に願いが叶うのか?

 意識が朦朧としてくる中、俺は一人で道なき道の道中にいた。


 しがない冒険家。まだマシに動く身体を使い、せめて最後くらいは見つけてやろうという思いで、振り向くことなく歩き続けている。

 きっかけはこの霊山にある――。




 山々に囲まれ、渓谷沿いに伸びる街道を経てたどり着く町ゲイルシャオル。


 ひとつ寺院がある他はこれとしたことの田舎町。

 だが、それを目的に多くの巡礼者が集まる場所として知られる。


 その理由は、町の奥にひときわ高く聳える霊山、通称ゴーストプレイア。

 「霊の祈り」と名付けられたその山には昔から多くの言い伝えがある。


「荘厳なる自然に祈りを捧げよ。さすれば人としての一生の願いが叶う」

「山を怒らせてはならぬ。目に見えぬ霊が、そなたの耳を削ぎ、口を封じ、やがては心までもを閉ざす」

「なぜ渓谷にあるこの町が、洪水や氾濫を受けることなく何百年も存在できたか。それは、霊山ゴーストプレイアと共に生きてきたからである」


 等々。

 聞いただけでは疑いたくことは多いが、大きな発展の望めない僻地でありながら数百年存在したのは話を聞くところ事実のようだ。町の寺院はその霊山を称える聖地というわけだ。


 一方でそんな話を聞いてその山の謎を確かめたいという欲を働かせた学者、そして冒険家もここには集う。

 俺はその後者、だった。




「いたずらにゴーストプレイアに足を踏み入れてはいけません! 決して、動植物を傷つけたりしないように!」


 必死に霊山の入口で呼びかける修道士たちを無視し、連日多くの自称トレジャーハンターたちが山道に分け入っていく。


 修道士にとって冒険家は外敵同然だった。

 だが、町には各専門の学者が残り、冒険家たちが見つけてきた発見を共有し合う場として使われ、そこには少なくない商業価値が生まれる。

 巡礼者以外に便りがなかったゲイルシャオルはやむなく今を受け入れているかたちだ。


 俺はそんな修道士たちなど見向きもせずに仲間と共に山へ入っていった。


 そして、ある日負傷した。


 霊山は山道としての一本道ではなく、多くの分岐がある。危険な道と迂回路、他の冒険家とも確認し合い、それなりに準備してきたつもりだった。


 だが、軽い滑落によって左脚を痛め、足を引きずりながら撤退を余儀なくされた後に待っていたのは「重症」の診断だった。


「通常の生活を送る程度には回復するでしょう。ですが、筋の損傷がひどい。滑落したと伺いましたが、その後歩いてはいけなかったのです。負荷をかける力作業はもちろん、今後は山登りなどもってのほかです」


 そうして、俺の冒険家としての稼業は突如幕を下ろした。

 仲間はその後にまた霊山への攻略を再開したが、俺はその後どうしていいかもわからず病室で呆然としていた。


「ゴーストプレイアに足を踏み入れたからですよ」


 検診の度にそう言うのは担当の看護師キャロル。

 元々は冒険家を目の敵にしている例の寺院の修道女だった。だが、怪我した冒険家にすら冷淡な寺院に不満を抱き、町の賑わいにも感化されて町の看護師に移ったという。


「なんでもあの霊山のせいにするっていうのもおかしいだろう?」


 怪我への()さのばかり、しばしばそう口にした。

 元修道女であるキャロルからすれば冒涜に聞こえるかもしれない言葉だが、彼女はいつも微笑んで返した。


「それにしても、こうして言い伝えが語られる中であなたがた冒険家はいとも簡単に山に入ってしまうんですから。怖いもの知らずって言葉がぴったりです」

「人は誰でもロマンってものを持っているもんだろう?」


 その時の俺はまだ自分の好奇心を信じ切っていた。


 自然を操る魔女がどこかにいる。

 霊山の奥地には黄金郷が広がっている。

 三号目は迂回路を通れ。

 五合目で多くの犠牲者が出ている。そのどこかに霊が集合している。


 寺院での教えがあると同時に冒険家たちでもそんな噂が立ち始めていた。


「何百年も前から存在する言い伝えが、真か偽か。自分の目で確かめてみたいと思わないのか?」


 いつもの口癖を吐いた。キャロルはいつも苦笑いで返すか修道士としての教えを説いていた。


 だが、ある時こう返してきた。


「……思うことはあります。それでも、確かめてどうなるのか、という思いもあります。あなたは無事に下山できましたが、それも叶わないまま、今はあの霊山で多数の死者や行方不明者が出ているのも確かです」


 病室のベッドで伸ばしていた俺の左脚を、キャロルが軽く揉んだ。


「いってて……」

「寺院がゴーストプレイアの存在を信じきっていることも、あなたがたが言い伝えを証明しようと躍起になることも、私は納得いかないのです。悪い言い方ですが、どちらもそれはただの夢や理想。現実はここにあるのです。あなたが今怪我で苦しんでいること。私が修道士をやめてあなたがたを世話していること。それこそが大事ではないのですか?」


 いつになく憂いた表情で呟く彼女に俺は心を打たれた。

 冒険家として、ずっと求めているものは何かしら手にしてきた。他の自称トレジャーハンターとは違う、その自負を持ってやってきた。

 

 だがそれからというもの、突きつけられた現実と理想が俺の中で逆転し始めた。俺はもう、霊山や全世界を巡るだけの身体には戻らないのだ。


 それならば……、と俺はある時キャロルに告白した。


 冒険はできなくなっても俺には既に見聞がある。ここで生涯を過ごしてきたキャロルにはない。

 現実に立ち戻り、二人で、世界のどこかで仲睦まじく暮らせる場所を作ろう。




 キャロルを、俺の人生の宝にしよう。――そう思っていた。






 告白し、晴れて婚約者となった一年後、ゲイルシャオルに疫病が流行した。


「頼むっ! 通してくれ! 仲間や妻がゲイルシャオルに留まったままなんだ!」


 疫病が流れ出ることを防ぐために一本しかない街道が封鎖された。夫婦として暮らせる拠点を準備しに町を離れていた俺はしばらくゲイルシャオルに戻れなかった。


 一ヵ月後、戻って見た光景は散々な有様だった。


 病と飢餓に苦しんでも支援が届かず、寺院でも配給が及ばずに備蓄が枯渇していた。

 病院は足りず、各家の中で死者が弔われていた。


 俺が町を離れている間も看護をしていたキャロルもまた――、疫病の渦に沈められてしまった。


 仲間も、最愛の妻も、俺は全てを失った。

 残された修道士や巡礼者が復興を進める中、俺はその協力ができずにまた霊山を見上げた。


 全てはこの山から始まった。今回の疫病がこのゴーストプレイアによるものなのか、冒険家への罰当たりなのかはもうわからない。


 だが、もう失うものもない。

 せめてこの世に心残りがあってはいけないと俺は二年ぶりにこの霊山に挑戦しようと覚悟を決めた。

 本当に、「人としての一生の願いが叶う」のか、と。

 



 疫病の影響でほとんどいない踏み慣らされた山道。

 俺が霊山に上らないまま一年以上経ち、道には多くの掲示板や目印がつけられている。


「こっちには進むな。崖が険しく進んだら戻れなくなる」

「こちら、私が最初に見つけたルートです」「←『私』って誰だよ⁉」

「我が探検家、テローム! 七合目まで到達‼ 食料が尽きたので下山します!」


 そこには冗談交じりや記念のために残した落書きも目立つ。

 俺はそれらの中で、病棟と案内暮らしの中で得た情報と照らし合わせられることに絞って頼り、歩み続けた。


 それが今、ついに照らし合わせられる情報はなくなった。

 人の気配も、看板もない。前人未踏かもしれない境地だ。


 既に食料も尽きた。

 命が惜しければとっくに引き返している状態だ。だが、残ったわずかな水で、行けるところまで行こうと決めていた。

 だが、ここでまたあの古傷が疼く。「もう山に登るな」と言われてから久しいが、やはり完治することはなかった。


 相当に標高の高いところまではやってきた。

 山や木々の中は抜け、雲や霧さえなければ遠くを見渡せそうだ。だがそこが霊山というところか、ここ数日決して山々の全貌を見せようとはしない。




 足が震え、目標も見つからない。

 足から腰へ、腰から胸へ、そして最後は頭まで。


 絶命の気がよぎっていた俺に、奇妙な光景が映った。


「……黄金、郷?」


 霧が深くて全体は見渡せない。

 だが、辺り一面が眩く輝いている。

 途中の山道とはまるで違う、神々しさまである。


 その光に吸い込まれるように、俺は一歩、二歩と歩く。


 だが、そこでふと我に返る。踏み込んだ足がジャボン、としぶきを立てた。


 慌てて退いた俺は目を凝らして足元を探った。

 手ですくおうとするとそれは水、というより熱湯だ。グローブからしみ出す感覚からそれなりの熱さであることがわかる。


「つまり……温泉?」


 改めて周囲を見渡すが、自分が来た方向以外やはり遠くが見えない。

 これまでずっと霧が視界を邪魔して、ここでは湧き出す温泉の湯気が視界を阻んでいるのだ。


 まさかと、さらに俺は空を見上げた。やはり見えにくいが、(もや)がかるその奥に一点の光が見える。

 ここには、太陽が当たっているのだ。


 つまり……、黄金郷の正体は……。




「…………ふっ」


 それに気が付いた時、身体から一気に力が抜けた。

 俺は座り込み、最後に残っていた水を飲み干した。

 

 それから、これまでを回顧する。

 

 きっと黄金郷の正体がこれだったと分かれば、どんな冒険家も興ざめしただろう。

 命懸けの危険を冒してまで知ることでもない。


 だが、元修道女で最愛の妻キャロルは言っていた。


 自分の目で確かめてどうなるというのか。

 言い伝えを証明するのはただの夢や理想。

 現実は、二人が出会って一緒にいること。


 それは、全て正しかった。

 いや、全てが正しかったと、俺が証明したのだ。

 愚直になって、全てを解き明かすことが寺院のためにも冒険家のためにもならない、ということを――。


 きっと、キャロルに出会わずに冒険家のままでこの場所を突き止めても何も価値は見いだせなかった。

 寺院の存在や言い伝え、そしてキャロルの人生観があって、俺はここを突き止める意味を初めて掴んだ。


 言い伝えも、冒険家たちの噂も、嘘はない。

 だからこそ、ここは霊山ゴーストプレイアとして静かに眠り続けることに価値があるのだと――。


 俺は軽くなったリュックから既に準備していた袋を取り出した。

 そして砂利を軽く除けて、護身用のダガーと一緒に袋と、あらかじめ用意していた(いしぶみ)を添えた。


『冒険家クルーヴス、そしてその最愛の妻キャロル、ここに眠る』


 これで「自分の目で確かめたい」という言葉に共感もしてくれたキャロルにできる最後の仕事が終わった。

 俺は大の字になってそこに転がった。意識が遠のく中、寺院で口うるさく言われていた言葉が木霊(こだま)する。


「荘厳なる自然に祈りを捧げよ。さすれば人としての一生の願いが叶う」


 ああ、自然にも、寺院にも感謝してる。

 ここは、ずっと、霊山として君臨し続けるべきだと心から思った。


 それで俺は、一生の願いが叶ったのだから。

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