ようこそ、死後の世界へ
死後の世界は、もっと暗くて驚強い場所かと思っていたが全くそんなことは無かった。
一言で表すなら役所みたいな場所である。
死亡要因によって管轄が異なり、更に細かく課が分かれている。
私は、死ぬ前の記憶が曖昧でどの課に行けばよいのか迷っていた。
「どうなされましたか?」
職員らしき人物が訪ねて来る。
首から下げたネームストラップを見ると『鬼塚』と書かれている。
「一応確認ですが、ここは死後の世界であってますか?」
「ええ、そうですよ。ここで、転生の手続きを行っております。貴女の死因は何ですか?」
「それが、覚えてないので分かりません」
困った顔で話すと、鬼塚は顎に手を当てて首を傾げた。
「珍しいですね。そういう方は、大抵現世で彷徨っているものなのですが。お調べするので、ここに名前・生年月日・住所の記載をお願いします」
真っ白な紙とペンを渡され、私は鬼塚に言われたことをそのまま書き記した。
鬼塚は、それを持って奥に引っ込んでしまったので私は手持ち無沙汰だ。
周囲を観察すると、結構な人が賑わっていた。
日本の一日死亡者数は、約3840人と言われている。
そう考えると、職員数が少ない状況では手続きにも時間が掛るだろう。
死後の世界でもお役所仕事は大変そうだと考えていたら、鬼塚が戻ってきた。
「冨田様、お待たせしました。こちらへどうぞ」
鬼塚に案内された場所は、窓際部署かとツッコミを入れたいくらい閑散としている場所だった。
特例課と書かれたネームプレートに、私は首を傾げた。
鬼塚に促されて部屋の中に入ると、三十代前半の妖艶な女性が資料を片手に座っている。
「あら、お客様が来るなんて珍しいこともあるものね」
「イザナミ様、お仕事のお時間です。詳細は、こちらを確認して下さい」
厚みのある紙の束を手渡されたイザナミは、嫌そうな顔で鬼塚を睨んでいる。
「読むのが面倒臭いわ。直接この子の魂に触れれば分かるでしょう」
「冨田様に負担が掛かるので止めて下さい。元はと言えば、こちらの落ち度で彼女はここにいるんですよ」
不穏な事を宣う鬼塚に、私は凡その事を察した。
「良いですか? くれぐれも適当な仕事をしないで下さいね」
鬼塚は、それだけ言うと部屋を出て行った。
美女と二人きりにされ、イザナミはペラペラと書類を読んでいる。
暫く重い沈黙が続き、ハァァァァアとイザナミが大きな溜息を吐いた。
「簡潔に言うわね。冨田薫さん、貴女は間違って死にました」
「はい?」
「本当は、同姓同名の男性が心臓発作を起こして駅のホームで死ぬ予定だったの。まさか、同じホームに性別以外殆どの同じの別人が隣に立っているとは思わないじゃない!」
「奇跡のような偶然が重なって、私は死んだってことですか?」
そう質問すると、意外と言わんばかりの顔でイザナミが私を見ている。
「そうよ。普通、怒るとか驚くとかしないわけ?」
「起きた後の事をグダグダ言っても元に戻らないのだから、割り切ってます。ぶっちゃけ面倒臭いんで」
断じて思考を放棄したわけではない。
「貴女、未練はないの?」
「ありますよ。好きな漫画やアニメの最終回が気になります」
生きたいという気持ちより、やっと肩の荷が下りたって感覚がある。
私の反応に、イザナミは目を丸くして言った。
「若いのに達観しているわね。普通は、家族や友人、恋人に執着する人が多いのだけど」
「人付き合いは希薄なので、私が死んだところで一時的に悲しんで直ぐに日常を取り戻すと思います。それで、私はどうなるんですか?」
「生き返らせることが出来ない。かと言って、今生の寿命分をここで過ごして貰うわけにはいかない。そこで、今試験的に運用している世界に死にたてホヤホヤの身体があるの! 寿命を全うするまで、その身体を使って生きてみない?」
「因みに、寿命はどれくらいあったんですか?」
「88年よ」
88年間も娯楽もない場所で過ごすのは拷問にも等しい。
私は、迷わず二つ返事で了承した。
「じゃあ、死にたてホヤホヤの身体に入ります。そちらの不手際なので、その世界で安心して生活できる力を下さい」
私の提案にイザナミは若干渋い顔をしたが、手違いで死なせた負い目もあるのか了承してくれた。
「選ぶなら1つ、運任せなら3つ授けるわ」
「じゃあ、ランダムでお願いします。世界の知識と言語は、最低限保証して下さい。まず、どんな世界に渡るんですか?」
「地球と殆ど変わらないわ。ただし、化学の代わりに魔法が存在しているの。場所にもよるけど、文明は中世くらいまで後退している状態ね」
最後の文言が引っかかる。
「後退したということは、高度文明が滅びて一から文明を築いたからですか?」
「そうよ。地球も同じでしょう」
確かに、そう言われると地球と殆ど変わらないという言葉は嘘ではない。
「……話を聞いていると力を貰っても、直ぐに死にそうですね」
「だから、力を授けるって言ってるじゃない」
「せめて、ググル先生みたいに学習型自立AIのような知識が欲しいです」
ググっただけで検索できる知識があれば、色々と役立つだろう。
駄目元で言ってみたら、意外とすんなりと許可された。
「それくらい良いわ。このチケットを渡すから、向こうの女神に渡しなさい」
三枚のチケットを受け取ると、足元の地面が無くなり黒い空間に落ちた。