4日目 【勇者サイド】魔導書、無職を選ぶ
シアンが抜けた勇者パーティだったが相変わらず活動を続けていた。
そして今日はシアンが賢者をマスターした翌日だった。
だが、そんなことを少しも知らない勇者達はいつも通り依頼を受けてモンスターを討伐しにきていた。
モンスターはビッグボア。Bランクモンスターだ。
戦闘は後半に差し掛かっていた。
「トオル!いつものを頼む!」
「任せてください!ファイヤ!!」
賢者のトオルがファイヤを放とうとした。
しかし
「あ、あれ?!」
「どうした?!トオル!そろそろきついぜ!」
ファイヤが出ない。
「あ、あれ?!ファイヤが使えません?!」
「そんな事あるわけないだろ?!」
「ファイヤ!」
もう1発使おうとするトオル。
しかし、
「だ、だめです!ファイヤが使えません!」
「な、何だと?!」
叫ぶサトシだが事態は好転しない。
「ぐぁぁぁぁぁあ!!!!」
トオルのファイヤがなくボアに吹き飛ばされるサトシ。
ゴロゴロと転がって
「ブモォォォォ!!!!!!」
突進してくるボア。
その突進を何とかして避けるサトシ。
そして叫ぶ。
「て、撤退だ!」
この日。勇者パーティはBランクモンスターから初めての撤退をしたのだった。
◇
村にて。
勇者パーティが敗退したという噂は即座に広まっていた。
「なっ!勇者パーティのサトシさん達がビッグボアの討伐に失敗したのか?!」
「ほ、本当なのですか?!あ、あの勇者パーティがビッグボアの討伐に失敗って?!」
詰め寄る村の人たち。
それに対して勇者のサトシ達は何も答えずに歩いていく。
しかしそんなことで終わるわけも無い。
「ほ、本当なのですか?!」
「本当だよ」
投げやりに答えるサトシ。
それに対して村人が口を開いた。
「ほ、本当に勇者パーティが失敗しているだなんて」
「な、なんと!あの世界最強とまで言われた勇者パーティがビッグボアすら倒せなくなるなど」
「うるさいな」
呟いてサトシが宿に向かう。
その背中を追いかけてくる村人たち。
「ど、どうするのですか?!ビッグボアすら倒せないで本当に魔王を倒せるのですか?!」
「うるさいな!」
一段と声を上げるサトシに村人たちが黙る。
そしてサトシがトオルに目をやった。
「なぁ、トオル。魔導書が使えないって言ってたけどどんな風に使えないんだ?」
「わ、分かりません。こんなこと初めてですから」
「魔導書は神機だぞ?使えなくなるなんてことあるのか?」
「そ、そんな事言われても分かりませんよ」
「使えなくなるなんてことないはずだ」
「そ、それが使えないんですよ」
使えない理由は一つだ。
シアンが賢者をマスターし賢者マスターになっているから魔導書がより使い手に相応しいと選んだのだ。
だから使い手に相応しくないトオルはもう使えない。
ただそれだけのことなのに。
誰も気付かない。
「だから何で使えないんだよ。神機が使えなくなるなんてことある訳ないだろ?俺の聖剣はいつも通り動いてる」
「だから分かりませんてば」
言い合う2人にイリーナが口を開いた。
「私の杖もいつも通り動いてるよ。ただトオルの調子が悪いだけじゃないの?神機が使えないなんて嘘つくなんてみっともないと思わないの?」
「だ、だから調子は悪くないんですよ!」
それを否定するトオルだがしかし。
「じゃあ何で使えないんだよ」
結局ここに戻ってくる一行。
そして返す言葉も同じで
「だから知りませんよ!」
トオルがそう叫んだその時だった。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
声が響いた。
男の声だった。
サトシ達はそちらに目を向ける。すると
「な、何なんだよあれ……」
遠くの方にうっすらと見える何かの影。
それは段々こちらに近付いてくるがその前に男が口を開いた。
「モンスターの大軍だ!1000は超えている!勝てるわけが無い!逃げろぉ!!!」
男がそう叫んだ瞬間村人たちは一斉に駆け出す。
勿論逃げるためにだ。
「くそ!」
サトシ達も分が悪いと思ったのか逃げ出すが
「おい!トオル!広範囲魔法で焼き尽くせないのか!俺ではあの数は無理だ!」
「メガファイア!」
トオルが叫んでみたが。しかしいつもは魔導書を持っていればすぐに発動する魔法は発動しない。
「あ、あれ?!また使えません!」
「あぁぁぁぁ!!!!使えねぇ賢者だなぁおい!!!俺達も逃げるぞ!あれはやべぇ!!!!」
トオルの言葉に苛立って返すサトシ。
一行は逃げることしか出来ないのだった。
「はぁ……はぁ……」
そして無事に王都に逃げてきた村人たちと勇者サトシだったが、サトシ達に非難の声が投げられる。
「何してやがる!勇者パーティ!」
そこには敬意のけの文字もなかった。
「は?」
それに呆然とするサトシ。
しかし声は止まない。
「俺たちはお前たちのために高い税金を払ってるんだぞ?!何で俺たちの村を守ってくれねぇんだ?!」
「だ、だから俺のせいじゃ……」
「うるせぇ!こっちは知らねぇんだよ!やることをやれ!」
「ぐっ……」
サトシは村人たちの威勢に気圧され返事が出来なかった。
そして
「あ、おい逃げるな!勇者!」
勇者達はこの場を後にした。
この罵声を浴びることを勇者としてのプライドが許さない結果だった。
そして逃げてきたのは王城。
そこの王室。
かつてサトシ達を勇者として正式に認めた場所だった。
「はぁ……はぁ……」
「どうした?サトシ」
息を荒らげている勇者に訊ねる王様に今までの事を話すサトシ。
「何?神機が使えない?」
「は、はい。確かに使えません王様」
今の話を肯定するのは神機の一つである魔導書が使えなくなったトオル。
しかし
「そんな馬鹿な事ある訳ないだろ?」
そう言って馬鹿にする王様だったがふと呟いた。
「神機は何があっても壊れなかったし使えなくなるなどなかった。それがなぜ使えないのか、理由として思い当たるのは、神機がお前を認めていないから、だな」
「そ、そんな事あるわけないと思いますが」
トオルが否定する。しかし王様は指をパチンと鳴らして1人の側近を呼んだ。
その男は宮廷占い師。
かつて神機が誰を選ぶのかを占った男でありその口から出る言葉は全て正しいとされている男だった。
「では、占ってみましょう。トオルさんが魔導書の使い手に相応しいのかどうかを」
占い師が占い始める。
彼が持っていた水晶が輝いたと思ったらそこに何かが浮び上がる。
それは人の顔だった。
それは鮮明に映っており、そしてその顔を見たトオルが1番に叫ぶ。
「こ、これは!」
そして次にサトシが声を漏らした。
「なっ……こいつ……シアンじゃねぇか……」
その水晶に浮かび上がったのはシアンだった。
間違うはずもない。少し前に彼らが追放した存在だった。
そんな彼を魔導書は選んだのだった。