第5話 文化祭まであと20日
昨日の誘拐事件があったせいか、先生方はばたついていた。
そしてその事件の当事者である耳川さんは学校に来ていない。心に深い傷を刻まれたても仕方ないだろう。
僕はどことなく寂しい空間で悲しみを噛み締めていた。
朝の会で先生の口によって耳川さんは風邪で休みだと聞かされた。クラスの反応から見ても、昨日誘拐されたのが耳川さんだと気付いていないようだった。
ーー文化祭まであと20日。
僕は耳川さんが心配で心配で、もやもやした気持ちを抱えながら一日を過ごそうとしていた。
一緒に楽しみたい。だから文化祭に投票したんだ。それなのに……
「おい、大神」
「何、浅香くん」
清潔そうに話しかけてきたのはは浅香くん。
成績優秀、スポーツ万能。おまけに金持ち。そんな絵に描いたような誰もが憧れる人だ。
「一緒に看病しに行かないか」
「えっ」
今耳川さんは大変な状態だというのに。それを知ってるのは僕だけだし。やめさせるしかない。
「別に、そ、そういうことじゃなくて、単純に心配で。だから、一緒に来てくれ」
「そもそも家の場所、知っているの?」
「教えてもらった。それに看病しに行くって送ったら返信ってきた。だから……行こ」
まあ確かにこいつと一番仲良いの俺だしな。でもなー、あんなことが会ってから会うのが少し恥ずかしい。
でも……
「……行く」
「じゃあ、行こうぜ」
僕は浅香くんについていく。
「ついたぞ」
「緊張してきた」
ハイトーンのようなピーの音。少しばかり低いンの音。そしてモスキートトーンのようなポーの音。そして少しばかり低いンの音が響いた。
耳川さんの家についてすぐ、浅香くん迷わずインターホンを押した。
決断速すぎ。それよりもなんでお見舞いなんてしようと思ったんだろう。
「はーい」
家の中からまだ若い女声が聞こえてきた。
「お見舞いに来ました。浅香と申す者です」
僕達は案内され耳川さんの部屋に入った。
耳川さんは額に熱さまシートをはられ、辛そうな顔をしていた。
「耳川さん。大丈夫?」
「平気だよ。ちょっと熱がひどいだけ」
本当に風邪なんだ。
それから何分か話した後浅香くんは家の都合で帰ることになった。
耳川さんと二人きり。緊張する。
「耳川さん。昨日のこと、聞いてもいい」
「昨日?あっ、誘拐されたこと知ってるんだね」
「うっ、うん。でも知ってるのは僕だけだから。安心して」
「……実は私、あんまり覚えてないんだ。うっすらとは覚えてる。うっすらとした記憶の中でかっこいい人が助けてくれた。それだけしか覚えてないんだ」
耳川さんは楽しそうにその出来事を語っていた。
「そう……なんだ」
「でも後から聞いた話によるとね、私を家まで運んでくれたのはその人なんだって。最高にかっこよかった。あの人が私の運命の人だって思ったんだ」
言えないよ。僕が君の運命の人だって。だって、君は、とっても笑顔で話してくれているんだから。君は僕を求めていないのだから。
好きだったよ……耳川さん。
これが僕の初めての失恋だ……。