008:無理強いは良くないな。
――あれから、菜津は準を避けるようになった。
仕方ないか、と準は溜息をつく。それでもさほど深刻でないのは、彼らが幼馴染という関係だからだ。今までもよく喧嘩をした。絶交なんて数え切れないほどしている。それでもなんとなくいつも通りに戻っているのはまるで兄弟によく似た関係性の所為だろう。
「で、何したの、準?」
椎名が楽しそうに訊ねる。一緒のシフトに入ってすぐ、椎名は二人の間がいつもと違うことに気がついた。最初は様子を見るためかしばらく菜津を、それから準を観察したあとでの最初のひとことが、それである。
「別に……」
「嘘つけ。おにーさんに言ってごらん?」
椎名は満面に笑みを浮かべて準を覗き込む。7cmの差はこんなとこでデカいな、といつも見上げている椎名の瞳をジロリと睨みつけた。
「なんもないっすよ」
「嘘はダメだよ、準くん。それともなっちゃんに聞いてみよ――」
「椎さん!」
準がムキになるのは椎名の計算通りだ。
「別に、ちょっと……」
「ちょっと、何ですか?」
「う、わッ?!」
いつのまにか厨房のカウンターへ来ていた光輝が言葉尻を掴んで聞き返す。
「お久しぶりです」
「お、光輝くん、バイト復帰?」
「しばらくは客で通い詰めますよ。――で、準さん、何したんですか?」
椎名と光輝の間でにこやかに交わされた挨拶のあと、光輝は準に向かって厳しい視線を送る。その視線がちらりとホールで注文を取っている菜津に一瞬向けられた。
「だから、何も……」
「あーあ、準くん、ゲロっちゃったほうがいいよー? 光輝くん、マジ落しモードだからねー」
楽しそうなのは椎名だけだ。光輝は真顔で準を睨み、準は困ったように視線を泳がせる。その二人の様子を微笑みながら見守る椎名も、漁夫の利を狙っているのだろう。
「いや、あのな、コーキ聞け、いいか?」
「何したんですか?」
光輝の追及の手は緩まない。バイト時代も一旦食い付くと落ちるまで離さなかったな、と準は思い出していた。
「いや……えっと……ちょっと抱きしめて……」
「合意の上ですか?」
「いや、あの……」
「あーあ準くん、無理強いは良くないなぁ」
光輝の目がギラリと光って頬が引きつる。椎名は楽しそうに声を上げて笑うと準をからかった。しかしその目は決して笑っちゃいない、と準はひそかに思う。