006:待ってるよ。
バイト先からの帰り道、菜津は椎名から意外な事実を告げられる。
「……え? 本当に?」
「うん。なっちゃんに嘘は言わないよ、俺」
いつもどおりの笑顔に迎えられ、菜津はどぎまぎと視線を逸らした。早くなった鼓動が、隣の椎名に聞こえてしまいそうだ。
「聞いてなかった? この間準には言ったんだけど」
「準に? ううん、何にも」
そういえば準はここ数日機嫌が良くなかった。今日は今日で突然バイトを休むし――どうしたんだろう。
「ふうん、そうか……」
椎名が考え込むように遠い目をし、菜津は菜津でその横顔に一瞬見惚れた。椎名の、そんな大人びた仕草が好きだった。余裕の笑みでくしゃりと菜津の髪を乱したり、悪戯っぽくこっそりと耳打ちされたり、そんなひとつひとつが酷く菜津の気持を揺らしている。
「どうしてです、か……って聞いていいのかな」
躊躇して最後に付け加えると、「うん、いいけど」という椎名のあっけらかんとした答えに菜津は少しだけ救われたような気分でホッと息をついた。
「準と同じこと聞くね、なっちゃん」
「え……あ、ごめんなさい」
「いいけど。妬けるなぁ」
ジョークっぽく聞こえたその台詞は、椎名の妙に真面目な瞳の色に菜津をドキリと黙らせるだけの効果があった。
「そ、そんなんじゃないですよ、準とは、ただの幼馴染ですから」
「そう? いつも仲いいのも、そう?」
畳み掛けるような椎名の質問に、菜津は今まで考えたことのなかった準との関係をもう一度改めてみる。確かに、ずっと一緒にいて心地のいい相手ではあるし安心もする。それが恋なのかどうかは菜津には判断できなかった。それよりもこうして二人で夜道を歩いている椎名のことが気になっているのも事実だ。
「多分……」
「多分、か」
駅の明かりで椎名の苦笑した横顔が照らされる。ここで椎名とは別の方向になってしまう。僅かな二人きりの時間が終わる。
「そうです、ってはっきり言えるまで――」
椎名がそういいながらそっと菜津の頬に触れた。心臓が音を立てたんじゃないかと思う程、跳ねる。菜津の視線は瞬きもせずに椎名に向けられている。
「待ってるよ、なっちゃん」
菜津の唇にそっと椎名の親指がちょんとキスの代わりに触れて、離れた。