005:こっち見ないでくれる?
雨は突然だった。灰色の空から急に大粒の雨がばたばたと落ちてきて、もしも傘を持っていたとしても瞬く間に濡れてしまうだろう。持っていなかった場合は走るしかない。
手近に雨宿りの出来る場所を、と探して咄嗟に準が菜津の手を引いて走る。小さなベンチの置かれた公園の片隅に少しだけ日除け用の屋根を見つけて飛び込んだ。……が、既にそこまでたどり着く前に雨は容赦なく降り注ぎ、ぽたぽたと髪や袖から雫を垂らしていた。
「いきなりだな」
「だね。予報じゃ二十%だったのになあ」
菜津が溜息をついた。髪を撫で付けるたびに、その茶色の先端から雫が零れている。準も前髪ごと後ろに撫で付けて同様に溜息をつく。既にシャツはびしょ濡れでぺったりと体に張り付いていて感触が気持ち悪い。すぐに乾くわけもない上、雨は勢いを増したように小さな日除けでは遮り切れない勢いで時折足元や肩先に降りかかる。準はふと隣の菜津の肩がやはり同じように雨に打たれているのに気付いて体をずらす。
「濡れんぞ、もっとこっち来い」
「準が濡れるでしょ」
首を振って菜津が答えるが、それを無視して多少強引に腕を引っ張った。いつも菜津は無理をする。それが準には長年の付き合いでわかっていたからの行動だったが、引っ張った拍子に菜津はバランスを崩して準の胸にもたれかかるようになり、一瞬浮かんだ邪な考えを断ち切ろうとするかのように準は視線を逸らした。
菜津が慌ててそこから離れようとするのを準の腕が押し留め、結局菜津は準の胸に寄り添うような格好で抱き留められていた。濡れた服を通じて伝わる体温が妙に、高い。
胸に押し付けていた菜津の体からふっと力が抜けたことに気付いて、準がそっと菜津を見た。やはり雨に濡れて白いシャツがべたりと肌に張り付いている。そこに透ける肌の色と乱れた髪と下着のラインにどきりとして一瞬、準の体が反応する。
「……こっち、見ないでくれる?」
菜津は準の視線と、そしてそれに伴う感情に気付いて出来るだけ顔を逸らしながらそう言った。その恥ずかしそうな様子に準は冷静さを取り戻す。
「何で?」
「何でも」
「……見たい」
菜津が上げた視線の先には妙に真面目な顔をした準が抱きしめていた腕を少し緩める。必然的に二人の間に空間が生まれ、準の視線が菜津の瞳から唇、首筋、鎖骨、とだんだんおりていく。