021:誤解だって!
結局、その夜はさんざんだった。菜津はオーダーを何度も間違えては客と椎名に頭を下げ、準は皿を三枚割った上に切り分けたケーキを二つ倒してしまった。椎名は終始苦笑を剥がさずに二人のフォローに尽力した。
「……すいませんでした、椎さん」
最後の洗い物を仕上げた後、準はぼそりと呟く。洗いあがったコンロを拭いていた椎名は顔を上げずに「うーん」と答えた。
「どうしたのかな? なっちゃんならともかく、準までもなんてね」
ぴたりと、準の手が止まる。背後で準が固まった気配を感じた椎名が振り返る。
「何、おにーさんにはヒミツなこと?」
コンロ台に腰を預けて椎名がにっこりと笑う。菜津はレジを締めているので二人の会話は届かない。それはこの店のアルバイターは全員わかっていることだった。
「別に、何も……」
「準、嘘禁止。正直に言わないと俺、今夜なっちゃんを送っちゃうよ?」
椎名が新しいバイクを買うためにバイトをしているのは皆知っていることだ。菜津は初めて聞いたとき目を輝かせて「今度乗せてください!」と言ったのを準も覚えている。
「ずっりーな」
「ふふん、アドバンテージ俺」
珍しく椎名が好戦的だ。準は溜息をついて「っていうか……」と言葉を濁らせる。
「大したことないっすよ。……コーキがコクったんだってさ」
一瞬、椎名が瞠目する。さすがに予想の範囲外だったその事実に、まずは「へーえ」と軽い反応を返しておくことが出来たのは上出来だった。
「で? 俺にリークして、なっちゃんを光輝くんから守ろうって魂胆?」
「な……!」
突飛な指摘に、準は焦った顔で椎名を見上げる。残念なことに椎名の方が数センチ背が高い。にやりと笑う笑みが憎たらしい。
「そんなつもりじゃ……」
「あれ、そう? てっきり俺のこと焚き付けてるのかと」
「誤解だって!」
焦る準をからかいながら、椎名がくつくつと笑う。笑われたことに気分を害した準は、半分ふてくされてそっぽを向いたが、その横顔を椎名が一瞬、妙に真面目な顔で見つめていたことは気づかなかった。