019:もうヤだ。
光輝は、いつそれを問おうかとずっと考えていた。今日の菜津の様子は明らかにおかしかった。だが本人も気づいているようで、時々ふっと現実に戻ってきてはアイスコーヒーをすする。
「菜津さんにしては、珍しいですね」
「……なにが?」
「ガムシロ。いつも2個入れるのに」
テーブルに転がったままの2つのガムシロップは未開封のままだ。光輝と菜津の視線がその2つに集まって、そして菜津が明らかな作り笑顔で「ホントだね」と笑う。
「僕、何も聞きませんよ」
唐突に光輝が呟いた。明らかに話は飛んだが、菜津は聞き返さない。さらに光輝が畳み掛ける。
「言いたいなら、どうぞ」
そうやって水を向けるのさえ、光輝は嫌だった。しかし萎れた花のような今日の菜津を見ているのはもっと嫌だ。
「……ごめんね」
「いいえ」
平静を装うのもそろそろ辛い。さらりと答えた光輝は平然とカフェオレを口にする。数分の沈黙の後、菜津が低い低い声で、小さく言った。
「なんか――最近、準が機嫌が悪いっていうか」
「へえ」
「避けられてるみたいで……」
菜津はそこでまた溜息をつく。光輝は話の流れを遮らないように言葉を選ぶ。
「準さんが、菜津さんを?」
「挨拶も眼を合わせないし、帰りも全然話さないし。怒ってるなら言ってって言ったんだけど……」
準のことだ、この前椎名から届いたメールからすれば、もっと浮かれてても良さそうなものだけど。もしかしたら椎名があれから何か言ったのではないか、と光輝は読んでいた。
「怒ってない、としか言わないし。なんかもう、準が何考えてるのかわかんなくなっちゃった」
あはは、とから笑いをする菜津を眩しそうに目を細めて見ていた光輝は、軽く溜息をつく。それに反応して、菜津が慌ててフォローを入れた。
「ご、ごめんね、なんか光輝くんに相談みたいな感じになっちゃって」
「ホントですよ」
光輝が低い声で答える。従順で素直な後輩の顔はもう捨ててもいいだろう。準がしっかりと菜津をつかまえておかないからだ、と半ば人のせいにしながら前髪をかきあげる。
「もーう、ヤだ。あーもう、僕、何のためにブレーキかけてたんですか」
「光輝、くん?」
突然の変貌に、菜津はびっくり眼で光輝を見つめている。
「菜津さん、僕――菜津さんが好きです」