001:アレを手離すつもりはないね
宣戦布告、ってああいうのを言うんだろーか。
ショックなわけじゃなかった。椎名が菜津を気に入っているなんてすぐにわかった。視線のやり方や声のかけ方や。なのに珍しく準が動揺している原因は、椎名がはっきりと、しかもそれを当の菜津じゃなく準に言ったことだろう。
「なっちゃん、可愛いよね」
にこにことトレードマークの笑顔を崩さずに椎名が言う。目線の先には客の注文を聞いている、菜津。
「……だから?」
「だから、って……否定しないの?」
余裕の笑顔は崩れない。ちょっとは驚くかと思ったのに、思惑が外れて準は逆に返答に詰まる。その間が既に椎名にとっては答えになっていた。
「別に」
「否定できないよ、ね? そう顔に書いてある」
くすくすくす、と笑う。椎名のそんな悪戯っぽい笑顔は女どもに随分と人気がある。確かにわからなくはないけど、と準は手元のフライパンの中身をひっくり返す。
「椎さん、皿。――仕事しろよな、仕事!」
ハイハイ、と肩を竦めて椎名が白いプレートを出した。
「準、何苛ついてるの?」
話題の主がオーダーを持って近づいてくるのに、準はふいっと顔を逸らした。
「何でもないよ。なっちゃん、これ五番ね」
「はーい」
どこまでも大人な椎名の言動に、準が悔しさを覚えても仕方ないだろう。事実、椎名はそれをわざと引き出すためにそうしているに他ならなかった。
「準、ずっと一緒なんでしょ? いいね、幼馴染って」
「別に」
菜津の字で書かれた新しいオーダーをみて、準は次の作業に入る。椎名は相変わらず厨房からホールを動き回る菜津を見ていた。
「クールだなあ、準。そのポジション、俺に譲って欲しいね」
準の手が一瞬止まったのに気付いてか気付かずか、椎名が続けた言葉が決定的だった。
「どうせならなっちゃんも俺に譲ってくんないかな?」
まるで、明日の休みのバイトを代わってくれというような、そんな軽いレベルで発せられたその言葉に、準はさすがに火を止めると椎名に向き直る。
「アレを手離すつもりはないね」
「どうしても?」
「どうしても!」
「なっちゃんが嫌だと言ったら?」
準が返答に詰まる。椎名はさすがに言い過ぎたかと思いつつ、言った言葉は取り戻せない。にっこりと大人の笑顔で余裕を携えて、目だけ、ギラリと準を見た。