018:もう遅いって。
「ご機嫌だねえ」
半分呆れながら、椎名がつぶやいた。今日の準は出勤時から妙に機嫌がよかった。シフトは菜津と一緒じゃないのに珍しい。
「何がっすか?」
「準が。イイコトあったの?」
視線を合わせずさらりと核心の質問を返すのは椎名の得意技だ。口元は弓なりで、一見何でもない質問に見えることも計算のうち。
対する準は警戒心など全くなく、するりと反応する。
「まあ、多少は」
「へえ、いいねえ。……なっちゃんのコト?」
椎名爆弾の投下、二つ目だ。これはさすがにあからさまだったようで準が眉根を寄せるが、椎名にはそんなものは通用しない。にこやかな横顔をちょっと睨むように見て、準は唇を尖らせる。
「別に、何でもいいっしょ」
「あれ、アタリなんだ。いいなー、お兄さんに教えてよ」
フライパンの中身を皿に移しながら、椎名は笑顔のままで言う。好敵手ではあるものの憎めない準のことを可愛いとまで思えるのは、椎名に余裕があるせいだけではない。
「別に……メシ食いに行くだけっすよ」
「へえ、なっちゃんとデート、かあ」
そこで初めて、椎名と準の視線が合う。微笑みをにやり笑いに変えた椎名の表情を目の当たりにした瞬間、準は自分の失言に気付く。
「デートじゃないっすよ、飯食うだけだし」
「へえ、じゃあ俺も混ぜてもらっちゃおうかな」
悪戯っぽい椎名の口調に準の手がぴくりと止まる。この人は、冗談に見せかけて本当にその通りに行動する人だ――今までの経験上よおくわかってる。準ははあっと溜息をつく。
「言わなきゃよかった……」
「もう遅ーいって。光輝くんも呼んじゃおー」
ポケットからケータイを取り出してボタンに指を滑らせる椎名に、準が慌てて抗議の声を上げる。
「ちょ、待っ……!」
「ほらほら、焦げちゃうよー」
「あっ……椎さん、ちょっと待っ!」
椎名と手元のフライパンを見比べながら焦る準を尻目に、椎名は光輝宛てのメールを打ち終えて送信ボタンを押した。
余裕の表情の椎名とは反対に、準はがっかりと肩を落としてもう一度、深い溜息をついた。