014:わかったから離せって。
菜津が妙に神妙な顔で黙ったままだった帰途、ぽつりと告げた言葉で準は、随分と菜津が気にしていたことに気付いた。
「……ごめん、ね」
「ンでお前が謝るんだって。俺が悪いんだろ」
「でも……ごめん」
準としてはうなだれた菜津を見るのは好きではなかった。心配してくれているのは充分わかったから、と何度も言ったのだけれど。
「謝るなって」
いつも以上に陽気に言ったのは菜津の気持ちを引き立てたい所為だ。実際、体調は万全とは言えない。随分バックヤードで休んだとはいえ、時々くらりと眩暈がする。
おどけて菜津の頭をぽんと軽く叩くと、くいっとシャツが掴まれるのがわかった。どきんと一瞬、胸が跳ねる。
「準、あたし……」
「もーいーからさ。俺が謝んなきゃいけないことだし、大体何でお前が謝るんだっつの」
菜津に全部を言わせる前に準は強い口調で遮った。視線は真っ直ぐ前を見たまま、菜津のことは振り返れなかった。もし振り返って泣きそうな顔でも見てしまったらきっと、抱きしめてしまうだろうと自分でわかっていた。
しかし菜津は準の口調がいつもと異なることに勿論気付いている。今のように無理矢理話を打ち切ろうとするときはそれが本心ではなく誤魔化そうとしている時だ、というのもわかっていた。準のシャツを掴む手にぎゅっと力が篭る。
「ちゃんとこっち向いて、言ってよ……」
抑えようとしても声が震えてしまう。泣くのだけは嫌だった。奥歯を噛みしめて告げた言葉に、準は一瞬理性を失いかけて強く眼を瞑る。
準にとって気持ちを静めるまでの数秒は、菜津にとって不安が巡る刹那だった。何故準はきちんと自分を見て本当のことを言ってくれないんだろう。菜津を抱きしめたいと思う気持ちは何故抑えなければいけないんだろう。
多少長過ぎるような間があって、準が押し殺した声で呟く。
「……わかったから離せって」
「え?」
「手。離せ」
「あ……うん」
ふわりと菜津の手から準のシャツが解放される。それと同時に菜津を振り向いた準の表情は妙に生真面目で怒っているようでもあったが、菜津がそれを指摘する前に右腕が強く、引かれた。
「さっさと帰るぞ」
強く握られた掌は熱く、うっすら汗をかいているようでもあった。菜津は手を引かれながらもどうやら準が怒っているのではないらしいことを感じてほっと笑みを浮かべた。