013:なんかフラフラする。
013:なんかフラフラする。
店に足を踏み入れて、菜津は自分でも分かるくらい明らかにぎくりとしたのを感じた。椎名がいるはずの厨房には見慣れた後姿があったからだ。
「椎名、さんは?」
おずおずと、だがしっかりと疑問を声にした菜津に、準は平静を装って何でもないことのように答える。
「なんか、遅れそうだからその間だけでもって、さっき電話来て、さ」
「……そっか」
少しほっとするのは、椎名が遅れて来るということだ。このまま準と閉店までのシフトをこなすのはあまり気が進まない。準の方もそれはどうやら同じらしく、背を向けて仕込みに取り掛かる。
沈黙が流れて一時間経ったころ、やっと椎名が姿を現して二人は一様にほっとした。その表情に気付いた椎名はやれやれといったように肩を竦めて見せる。
「悪いな、準、さんきゅ」
「ホントっすよ、俺風邪気味なのに呼び出すんだもんな」
「オイオイ、うつすなよー?」
「わかんね。なんかフラフラす、るし――」
椎名がふざけて笑ったのと同時に、準の体がぐらりと揺れる。咄嗟に椎名がその体が崩れ落ちるのを支えて堪えた。菜津は届かないのをわかってはいたものの、手を伸ばしかけていた。
「なっちゃん、バックヤード片付けて、タオルとかで横に出来る場所、作ってくれる?」
「は、はい!」
準の体を支えた椎名が落ち着いて出した指示に、菜津は弾かれたように奥の扉へ飛びついた。幸い客は常連がひとりだけで、椎名が苦笑気味に頭を下げると眉を寄せて厨房を覗き込んでいる。
「椎名さん!」
「さんきゅ」
奥の扉から菜津が出てくるのと同時に、椎名が準を抱えてバックヤードに消える。ほどなく戻ってくると大きく息をついて、心配そうな菜津に向かってにっこり笑いかけた。
「ありがとね、なっちゃん。混むまでホールも俺がやるから、準についててやってくれる?」
こっくりと大きく頷くと、手早くタオルや水差し、コップなどをトレイに載せて菜津はバックヤードの扉を押す。狭くて薄暗いそんなところに喧嘩中の相手と二人きり、などということは吹っ飛んでいた。冷やしたタオルを額に乗せると、準が無意識にもその浅い呼吸を緩めはじめて、とりあえずはほっと息をついた。