011:お楽しみはこれからサ。
「……で?」
「で、って……それだけだよ、駅までお送りいたしました」
にっこり笑った椎名を、光輝が何か言いたそうな目で見ている。勿論椎名はそんなことなど承知の上だった。『何?』とばかりに首を傾げる。
「椎名さんらしくないですね」
「光輝くんったら、そんな言い方すると俺が随分非道に聞こえるんだけど?」
「違いましたっけ?」
「……言うねぇ、若者」
光輝としては、椎名がそこで菜津に迫らなかったことが逆に不安だった。少なくとも菜津が椎名に好意を持っていることは光輝でも感じていることだったし、そのタイミングで菜津に言い寄らなかった椎名の行動は、今まで光輝が知っている過去からすれば意外、だった。
「弱みに付け込むなんて、そんなコトしませんヨ、ボクは」
茶化した口調で椎名が言うのへ、光輝が疑いの眼差しを向ける。
「そんなコワい顔するなって」
ポン、と光輝の頭を軽く叩くと、恨めしそうな視線が上へ向く。
「それとも何、俺になっちゃんを襲って欲しかったってワケ? じゃないでしょ? 光輝くんとしてはそこで俺がなっちゃんを襲っててもマズイワケじゃない?」
核心を突くようなことを、椎名はいともさらりと口にした。光輝としてはバレてはいるだろうと踏んでいたものの、さすがにストレートに言われると動揺が隠せない。椎名の余裕は年齢の余裕、でもある。
「別に、僕は……」
「マズくない? マズイよね? 俺のこと、きっとぶん殴ってるかもね」
そんな風に笑いながら言う椎名に、正直、光輝は敵わないと感じた。椎名に感じるのは羨望と一緒に嫉妬でもあった。
「椎名さん、ホントにホントのところ、何で菜津さんに手、出さなかったんですか?」
改めてそう訊ねたのは、どこか椎名の返答に胡散臭さを感じていたのかもしれない。椎名がやれやれといったように溜息をついて困ったように光輝を見ると、その瞳の真剣さに一瞬、迷う。
「言ったでしょ? 弱味に付け込んでもイイコトないんだってば」
光輝の瞳の色は弱まらない。じっと見つめていた椎名の目がふと、緩んでにやりと光った。
「――お楽しみはこれからサ」
「……やっと本性、表しましたね」
「酷い言い方だよね、仮にも年上だよ?」
「好敵手に上も下もないでしょう」
やっと光輝の表情にも余裕の欠片が浮かび、口許が緩まった。