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8話 道化。

「……分かったよ」


 新藤は、大きく息を吐いてからそう呟いた。


「五組の代表に話は持ちかける。それでいいかい?」


「あぁ」


「だけど、確実に戻せる保証はない。だから、白崎さんからもクラスに繋がりがある人に票を入れてもらうよう呼び掛けてほしい」


 なくなく新藤は承諾した。


「……わかった」


 そして白崎も頷く。


 が、白崎が元のクラスメイトに頼んだとしても、あまり良い結果になるとは思えない。追放されている者の影響力などたかが知れている。


 それよりも、新藤がその影響力を担った方が何倍も効果は期待できた。


「あのさ……もしかして新藤くんって……」


 何故なら新藤栄進は。


「一組の代表なの?」


「……そうだよ」


 クラスメイトから最も票を集めた『クラス代表』だったからだ。


「そっ、そうなんだ。……すごいね」


「別に凄くないさ。僕はただ、クラスから追放する人を皆に提案しただけ。そして、票をあらかじめ指示していただけだよ。……誰かさんの指示でね」


 意味ありげな視線を向けてくる新藤。その言葉や態度はあまりにも露骨で白々しい。


「だから僕は五組の代表者も知ってる。その人に今回の事は話しておくよ」


「……ありがとう」


「お礼なら再焉に言いなよ。僕は君のために動くわけじゃない。むしろ、自分の事しか考えられないような人のために動くなんて金輪際したくないね」


 新藤の言葉に、白崎の肩がピクリと揺れた。


「気にすることないぞ白崎。俺はクラスの為じゃなく、自分の事しか考えてないから追放を望んだんだ」


 だから、それに対する反論をしておいた。


「経過についてはまた報告する。それでいいかい?」


「それでいい。もし向こうから一組に対する要求があったら、自分たちで解決してくれ。俺は関係ない」


「そこは「俺も力になってやる」じゃないのかい?」


 新藤の表情が弛み、少し恨めしそうに俺を覗いた。


「俺はクラスメイトの為に追放されたわけじゃないんでな? 最後まで自分勝手は貫かせてもらう」


「……再焉らしいね」


 最後、フッと微笑んで新藤は立ち上がった。どうやら学校に戻るらしい。


「またな」


「また」


 そして新藤は店を出ていく。残された俺と白崎は、しばらく沈黙をしていた。


 彼女が何を考えているかなど容易に想像がつく。


 言葉を発しないということは話したいことがないわけじゃないのだろう。

 それなら、彼女は既に店を出る提案をしているはずだ。


 席を立とうとはせず、しかし黙ってそこに居続ける理由。


 知りたいのだろう。そして、聞いてはいけないと思っているのだろう。


 葛藤するから黙る。あまりにも分かりやすい沈黙。


 俺は息を吐いて口を開いてやる。


「勘違いするな。騙そうとしたわけじゃなく、俺が話したくなかっただけだ」


「い、いや……別にそんな」


 消え入りそうな声。その弱腰は、きっと新藤が与えたダメージの残り。


「元のクラスに戻りたいと思うのは、まっとうな思考だと思う。何も考えることはない。それは正しい在り方だ」


「正しい……」


 その言葉を、白崎は半信半疑で呟いた。明らかに彼女の中で何かが揺らいでいた。


「今は分からなくても良い。だが、俺にはそれが正しいと断言できる。お前は元のクラスに戻るべきだ」


「じゃあ、なんで再焉くんは六組に?」


 問われたことに対する答えはすぐに出た。だが、それをどう言い表すかに迷いが生じた。


 言い方次第では、彼女に与える印象も変わってくるだろう。


 正しい。

 正しくはない。

 間違い。

 間違いではない。


 その印象はまるで数学の命題みたいだ。


「俺は六組にいるべき人間だから(・・・)な」


 その中から、できるだけ肯定的な表現を選びとった。


 否定的なことを人は否定しようとする。なら、言い方は肯定的であるべきだ。


 そして、『だから』という接続詞を倒置することにより、それをあたかも正しい結論であるかのように述べる。これぞ日本語マジック!


 本来なら「○○だから、俺は六組にいるべきだ」と答えるのが正解。今のがペーパーテスト上の答えなら、赤ペンではねられてしまいそう。


 それでも、それは誤魔化しに過ぎない。


 なんで? と追い討ちされたなら、そう答えた意味がなくなってしまう。


 その為に、俺は道化を用意することにした。


「それに、追放されて六組。……クラスから一人だけしか六組になれないなんて、まるで特別な存在みたいだろ?」


「特別って……」


「六組は特別な人間の集まりなんだ。つまり、白崎もまた特別な人間ということになる」


「なに、その謎理論……」


「胸を張れよ白崎。お前は特別だ」


「なっ、なに……急に」


 道化とは、甘くてクリーミーな(あめ)で在るべきだ。優しい言葉は、たとえ嘘であったとしても人を幸せにする。


 ……そう。ヴ○ルタースオリジナルみたくな。


 謎理論なんかじゃない。あれもちゃんとした証明なのだ。


 特別な人間にはヴ○ルタースオリジナルキャンディーが与えられる。だから、ヴ○ルタースオリジナルキャンディーを舐めた人間は特別である。


 まぁ、その特別というのは、その者にとっての特別という意味。


 だからこそ、特別になりたい子供はそれを欲しがり、特別を与えたいお爺さんもそれを与えたがる。


 無論、白崎が指摘した事が間違っているわけじゃない。


 だが、甘くてクリーミーなキャンディーを舐めたら、そんなことはどうだってよくなる。


 幸せになれるからだ。


 だから、道理を隠す道化とは、人を幸せにする物でなければならなかった。


「特別な白崎には、特別に今日だけ奢ってやる。まぁ、特別なお前に奢る俺もまた、特別なんだろうな」


 そう言って注文表を渡した。それを受けとる白崎だったが、顔は明らかに困惑している。


 きっと、話題のハンドルを急にきったことによる困惑なのだろう。それを俺は「奢られてもいいのかな?」という困惑に無理やり解釈した。


「あぁ、気にするな。金なら問題ない。何故なら俺は特別な人間だからだ」


「いや、その」


「遠慮してるのか? 特別な人間白崎。なら、俺も頼むとしよう。何故なら俺もまた特別な人間だからな」


 卓にある呼び出しボタンを押した。

 すぐにやって来た店員に、取り敢えず目に入ったパフェを二つ注文する。


 正直、甘いものは苦手だ。だが、食べられないわけじゃない。


 強引な理論には勢いも大切だ。ごり押しとは、時に正義ですらあった。


 ごり押しするには必要なことが二つ。


 一つは相手が弱っていること。


 もう一つは、勢いを自分で殺してしまわぬよう背水の陣を引くこと。


 白崎は弱っており、俺は甘いものが苦手。


 条件は満たしている。あとは、押しきるのみ。


「パフェは、フランス語のパルフェという語源からきているらしい。意味は『完全な』。つまり、完全な物を食べられる俺たちはやはり特別だということだ」


 片手のスマホでパフェを調べ、あらゆることを特別にこじつける。


「まぁ、人間に優劣をつけるのは良くないことなのかもしれないが仕方ないよな? 特別だもの」


 下手くそ風味な詩を装い、特別であることを無理やり肯定する。


「十回ゲームでもしようぜ。特別って十回言ってくれ」


 ゲームにして親しみやすい特別さを演出することにする。


 だが、白崎は黙ったまま。


「とっ、特別特別特別特別……」


 だから、自分でゲームをする。


「じゃあ、俺たち六組は?」


 聞いても、やはり黙ったまま。


「特別だろ。うわー、なんの引っかけもねーじゃーん」


 まるで、クラスのアホな男子みたく一人ボケツッコミ。


 それでも、白崎は笑わなかった。

 

 ……はぁ。恨むぜ……新藤。


「俺は奴等と一緒にいたくなかっただけだ。本当に奴等のことを思って追放されたわけじゃない」


「なんで?」


「言っただろ。それは話したくない。知らぬが仏って奴だ」


 不満そうな表情。それでも俺は話すつもりはなかった。


「白崎。お前は自分で、女子の腹が真っ黒だと言ったが、俺からしてみれば十分に白い。そうやって醜い部分を持つからこそお前はまっとうな人間だと思う」


「まるで自分は"まっとうではない"みたいな言い方するんだね。新藤くんは君をすごく評価してた……」


「新藤は俺の存在が怖いんだろ。……あぁ、誤解ないよう言っておくが、『俺』が怖いわけじゃなく、俺の『存在』が怖いんだろう。端から見れば、俺はクラスをまとめるため自ら犠牲となった英雄にも語れるからな」


 英雄……。自分で言ってて笑いそうになる。


「だから、奴は俺を(ないがし)ろにしない。というより、できない。俺が奴に怒って真実を暴露すれば、俺もそうだが奴の立場も危うくなるからな。新藤は俺を評価しているわけじゃないさ。そうやって俺を優遇しなくちゃいけないだけ」


「そう、なんだ」


「だからこそ、白崎をクラスに戻してやることを命令できた。そして事実そうなった。結果だけ見れば、あいつの言ったことはほぼ嘘だろ。じゃなけりゃ、俺の命令を飲むはずがない。新藤が高尚だったなら、ズルい手なんか使わずにクラスへ戻る方法を白崎に提案したはずだ」


「そっか……なるほど」


 少しだけ白崎の表情に明るみが戻った。


 人は悪口や罵倒されると落ち込む。だが、その相手の人間レベルが低いと落ち込むことはない。


 新藤の人間レベルを下げれば、必然的に白崎のダメージは減るというわけだ。


 くだらないと思う。結局、相手をどう思っているかによって、言われた印象さえも変わってくるのだから。


「お待たせしましたー」


 ちょうどそんな時になってパフェが到着した。ごり押しが失敗したうえに、苦手な甘味がもりもりに盛られたパフェは食べるしかなく、しかもそれを奢るとまで豪語してしまった俺。


 なにもかもが裏目に出てしまった気がする。


 それでも。


「……美味しい」


 少しだけ元気を取り戻した白崎は、一口食べて顔を綻ばせた。


 綾田の言うとおり、やはり女の子は甘いものが好きなのだろう。


 その顔を見れただけで、結果オーライだと片付けられる。


「……甘ぇ」


 それだけで、頼んだ価値はあったように思えた。

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