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6話 代償。

 放課後……といっても、六組の放課後は通常授業の奴等よりもずっと早い。


 時間で言えば、彼らよりも一時間ほど早く終わってしまう。まぁ、登校している時間が彼らよりずっと早いため当然ではある。


 この大いに余った時間に指定はない。


 六組は自由が制限されているだけで、不自由というわけではないのだ。


「――放課後だけど?」


 白崎に話しかけられ、俺は頷いた。


「じゃあ、行くか」


 そう返して教室を出る。彼女は後ろからついてきた。


 これから会う新藤という男は、現在一組の生徒である。

 そんな彼と、追放された俺とが関わる機会は少ない。


 しかし、ポケットから取り出したスマホには、ちゃんと新藤からの返事がきていた。



――16時。いつもの場所で。


 

 それを確認してから校舎を出ると、待ちきれんばかりの声が後ろからする。


「どこ行くの?」


「奴と会ってるところを見られないよう、学校からは少し離れるんだ」


「ふぅん、そうなんだ? なんかスパイ大作戦みたい」


「そっちかよ。普通はミッションインポッシブルの方で言うだろ」


「うちの両親がテレビ版のDVD見てたから、私にとってはそっちの方がしっくり来るんだよね」


「親の影響か。あるよな、そう言うの」


 子供の頃は、他の家庭のことなんて何も知らないから、自分の家庭が他の家庭にも当てはまると思い込んでいた。


 だが、友達ができて他の家庭のことを知るようになると、だんだんその違いに気づくようになる。


 サンタなんてこの世にはいない……。そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。


 思い出すなぁ。小学生の頃、サンタを信じこんでいた女子に、親切心で現実を教えてしまったことを。

 あの日から、彼女は少し大人になってしまった。


 俺が彼女を大人にしてしまったのだ。彼女はまだシンデレラだったのに。


 幸せは誰かがきっと運んでくれるわけではない。自分で掴むしかない。


 大人であれば誰もが知ってる常識。にも関わらず、彼らは子供に意図して嘘をついた。


 そして、その嘘を暴いたが故に壊れる友情もある。


――わたし、再焉くん嫌い。


 ……ほんと、悪いのは俺じゃなく親だ。


 あと、彼女がクラスの人気者じゃなければ傷はもっと浅かったはずだ。なんで一人の女子が嫌いになったくらいで、クラスの嫌われ者になるんだよ……。納得できねぇよ……。


「えっ!? なんで泣いてるの!? キモっ!」


「いや、あれだ。スパイ大作戦……泣けるよな」


「えっ……泣く要素なかったけど」


 咄嗟についた嘘が下手くそ過ぎて泣いた。


「目にゴミが入ったんだよ。……生理現象だ、生理現象。風が強いから」


「風……?」


 白崎は眉をひそめ辺りを見回す。あぁ……世間からの風当たりの方でしたね。今日は別に風吹いてねぇや。


「もういいだろ。ちょっと……嫌なことを思い出しただけだ」


「泣くほどって……」


「おい、引いてんじゃねぇ。お前にも一つや二つくらいそういうのあるだろ」


 表情をひきつらせた白崎に問うと、彼女は「あー……まぁね」と肯定する。


「誰にも選ばれなかった時……とか……ね」


 もしかしたらギャグのつもりだったのかもしれない。だが、自虐的過ぎて笑えねぇ……。


 そのことに彼女自身も言ってから気付いたのだろう。当然話にオチはなく、なんだか気まずい空気だけが流れる。


「きっ……君はなんで選ばれなかったの?」


 そんな空気に我慢できなかったのか、白崎は明るめの口調で聞いてきた。


 声は明るいが、内容は完全に地雷である。


 それにすら言った直後に気付いたのだろう。


「……あっ」


 あ、じゃねぇよ。下手くそか。


 まぁ、話の変え方がいくら下手くそとはいえ、嘘が下手くそだった俺が責められるはずもない。


 俺は少しだけ息を吐いた。


「まぁ、追放された原因については明確にされてない。投票しない理由は分からないままだからな」


「だよ……ね」


「だが、心当たりはちゃんとあるぞ?」


 そして俺は自信満々に笑ってみせる。


「入学初日の放課後にクラスの親交会なるカラオケに誘われたんだが……俺はそれを断ったんだ。たぶん、それだな?」


「そんなことで追放されるの!? えっ、というかなんで断った!?」


「いや……あれだ。誘ってきたのが女子だったから」


「……はぁ?」


「それにその女子……わりとモテそうだったし。狙ってる男に嫉妬されたら嫌だろ」


「……はぁ?」


「……俺、群れるの嫌いだし。だから、わりと強めの口調で断ったんだ」


 当然だが、その女子は決して俺に対し好意を寄せていたわけじゃない。誰にでも優しくできる女子だっただけのこと。


 教室のど真ん中で、彼女の誘いを断った俺への印象は最悪で、その日以降、俺を遊びに誘ってくれる女子はおらず、男ですら皆無となってしまう。


 そんなつもりなんてなかったのに、俺は次第にクラスの中で浮いた存在になっていった。……ほんと、なんでモテる女子から嫌われるとクラス全体から嫌われるんだろうね? 小学生時代から変わらぬクラスの摂理。それが俺には不思議で仕方ない。


「……キモッ」


「おい、聞こえてるぞ」


「ごめん。でも、やっぱキモいです」


「謝ってから言い直すなよ……」


「要はさ、「あれ? こいつもしかして俺のこと好きなんじゃね?」って思ったってことでしょ? だから、その子に好意をよせる男子から嫌われないよう誘いを断った」


「まぁ、そうだな?」


「自意識過剰過ぎ。それがキモい」


 自意識過剰過ぎって、どんだけ過ぎんだよ……。


「そうやって、女の子にありもしない妄想抱くのやめたほうがいいよ。女の子ってわりと真っ黒だし」


「それ男である俺に言っちゃうのか」


「うん。別に君に好かれようとか思ってないし」


 うわぁ……ハッキリ言い過ぎだろ。もう少し隠せよ。


 だが、なんとなく……サンタなんていないと告げられたあの頃の彼女の気持ちが今になってわかった気がした。


 そりゃ嫌いになるよなぁ。今、こいつのこと嫌いだもの。


 ただ、それが"親切心"であることを俺は知っているために何も言えない。


「じゃあ、新藤には好かれる努力はしろよ」


「……なんで?」


 白崎は、そう言ってほうけた。それに俺のほうがあきれる


「なんでって……新藤に好かれないと二組には戻れないぞ? 嫌いな奴をクラスに戻すために動いてくれるほど優しい奴でもない」


「あぁ、そういうこと。確かにそうかも。じゃあ、ちょっと頑張らないと」


 そう言ってから、白崎は真横にある店のウィンドウに顔を近づけると前髪を触れる程度に直した。女の子って前髪いじりがちだけど実際そんな変わらんのにね。


「……よし!」


よしって……やはり全然変わってないんだが。


「それじゃ行こっか! 再焉くん(・・・・)!」


「……」


 あぁ……変わってましたねこれ。こいつ俺のことなんて名前で呼んでなかったのに突然くん付けで呼び出したし、声のトーンも少し高い。変わったのは内側でしたか。なに? 前髪にやる気スイッチでも付いてるの?


「ほらっ!」


「なっ!?」


 そうやって呆れていたら白崎がズイッと顔を近づけてきて、思わずのけぞってしまった。


「な、なんだいきなり。俺の半径一メートル以内に近づくな! 好きなのかと思っちゃうだろ!」


「キモっ……。せっかく新藤くんに好印象を与えるために、紹介してくれる再焉くんを落とそうと思ったけど……さすがにそれは気持ち悪い。無理」


 ……無理て。


「お前なぁ……そうやって周りの男から落としていくの良くないぞ? ゲームとかでは良くある攻略法だが、現実だと怨みを買われやすい」


「別に本命じゃない相手から怨まれても良くない?」


 平然とそんなことを言ってのける白崎。さすがに今のは俺でも引いた。


「そんなことしてたら、いつか後ろから刺されるぞ」


「刺されるって……わりと皆やってると思うけどね? 本命に近づくために周りから好感度を上げていくのって」


「なんだよそれ。腹んなか真っ黒じゃねぇか」


「だから言ったじゃん。女の子は真っ黒だって。自分の為なら簡単に他人を切れるし、その逆もある」


 彼女は、そう言って力説してみせた。


 だがな白崎……。その考えはあまりに危険だ。


「逆に聞くが、お前は誰かを恨んだりしたことあるのか」


「恨む?」


 それから白崎は変に少しだけ考えたようだったが「ないよ」と答えた。


 なんだ今の間は。


「ないなら恨みを買うようなことはしない方がいい。お前が思ってるよりも恨みってもんは怖い」


「なんか……恨んだことあるみたいな言い方だね?」


「俺はだいたい社会を恨んでるからな」


「社会て……まだ私たち学生じゃん」


「学生も立派な社会人だろ。知ってるか? 俺たちあと一年経てば選挙権もらえちゃうんだぜ? 社会に貢献してるとまでは言わないが、そこに影響できてしまう以上、ほぼ社会人みたいなもんだろ。というか、そう自覚していた方がいい」


「そっか」


 感心したように気の抜けた声。知らなかったというより、忘れてたという感じなのだろう。


 それも当たり前か。


 俺たちは目の前の日々に精一杯で、そんなことに目を向ける時間がない。勉強や運動や人間関係に夢中で、よそ見している暇すらない。空いた時間はパソコンやスマホに時間を奪われ、何かを考える時間すら潰れていく。


 だから、いろんな事が見えなくなっていくのだ。

 

 そして、気づいた時にはもう遅い。


「まぁ、価値残りシステムは実際のところ選挙みたいなものだがな。クラスに必要な者を選び出す投票。それが本来の価値残りシステムの目的」


「代表者を決める投票だもんね」


「あぁ」


 価値残りシステムでは、追放者を出すだけが結果じゃない。


 クラスの『代表者』を出すこともまた、結果の一つ。


 誰にも投票されなかった者が出るように、反してたくさんの票を得た者もいる。


 その者は『クラス代表』と呼ばれ、クラスが関わる事に口出しする権利を持っていた。ただ、投票理由が開示されないのと同じで、投票結果も開示されることはない。


 故に、誰が代表者なのかをクラスメイトですら知ることはなかった。


「おそらくだが……次のテスト期間、三組だけ一週間しかない」


「三組だけ? ……なんで」


「三組は代表者がいないからな。おそらく規定のテスト期間しか設けられない」


「代表者がいない? ……なんで分かるの」


「追放者がいないからだ。だから、三組には代表者もいない」


「あっ……」


 白崎の目がほんの少しだけ見開かれた。考えれば当たり前に気づくことなのに、やはり俺たちは盲目になりがちだ。


 テスト期間は基本的に一週間設けてあった。その間、授業は短くなり部活も殆ど停止される。


 だが、それは基本であって、クラスによってはそうしなくて良い場合もある。


 例えば、授業進捗が早く、テスト範囲が早く終わってしまった場合や、ほぼあり得ないがクラスに部活をしている生徒がいなかった場合など、それによってテスト期間を前倒しすることも考慮された。


 そして、そのことを学校側に進言できるのがクラス代表。


 今やテスト期間の前倒しは普通のことになりつつあり、最長で三週間近くテスト期間をつくったクラスもあった。


 まぁ、話を聞く限り授業を詰めに詰め、クラス内でも勉強会を数回やった努力の結晶らしい。


 テスト期間は早くに授業が終わるため、他のクラスが授業をしている中、そのクラスだけ悠々と帰宅できるわけだ。これは優越感の何物でもない。


 ただし、それにはリスクが伴うこともある。


 クラス内で赤点を取った者が一定数を越えた場合、その代表者は自動的に次の追放者となった。だから、容易にテスト期間を前倒ししたりはできない。


 それでも、早く帰れるというのは魅力的なのだろう。


 それを達成するために生徒たちは代表者を選び、授業と勉強に励んだ。


 だが、今回三組からは代表者が出ていない。


 つまり、他のクラスが帰っている中、三組だけは授業に縛り付けられたままということになる。


「なんで代表者出なかったんだろうね……?」


「さぁな? なんにせよ、何かしらのやり取りが三組内であったのは確かだ。どちらにしたって俺たちには関係ない」


「まぁ、そっか」


 そう、俺たちには関係のないこと。それは荒川先生も言っていたことだ。


「だから教師は……特に担任教師はクラス代表を決めたいんだ。その代表者にクラス事情を教えてもらい、誰が何を苦手とするのかを把握したい。そして、そのクラスに特化した日々を構築させたい」


「でもさ、追放者が出なくても流石に一番票を得た人はいるでしょ?」


「いるのかもな。だが、そいつは代表者にはなれない。何故なら、六組に人を送り込んでいないからだ」


「……どういうこと?」


 小首を傾げた白崎。それに俺は説明をしてやる。


「六組は追放者を集められたクラスだ。そして、学校行事には全て六組も含めた想定で進められている。その六組に三組は人を提供していない。だから、学校行事に口出しする権利を三組は持たない。権利を得るには必ず追放者を出さなきゃいけないんだよ。それもせず口出しするのは、ただの我が儘。追放ってのは義務みたいなものだな? 税金みたく考えれば納得だろ?」


「なるほど……私たちの存在って税金だったんだ」


「例えの話だ。そして税金は国民の為に使われなければならない。だから俺たちは青春を奪われ、学校行事に従事する労働者として扱われる。過ごしていけば分かることだが……そのうち荒川先生から話があるだろう」


「……なんの?」


「強制労働。俺たち六組は、他の連中よりも放課後に空きがある。その時間を使って、生徒会運営の仕事を手伝わなきゃならない」


「……そうなの?」


「他の生徒が知らないだけで、生徒会が運営する行事の殆どに六組の生徒が関わってる。もちろん、楽しむ方じゃなく楽しませる側で、だが」


「知らなかった……」


「知らなかったって、入学する時に渡された書類に規定書あっただろ。教室にも置いてあるはずだが」


「あー……あの分厚い本。私読んでないんだよね」


「まぁ、俺も休み時間に絡む奴いなかったから読んだってだけなんだがな。やらされているのは全て目に見えない雑用ばかりだ。その仕事を円滑に進めるためなら、活動している期間は他の生徒とも接触していいことになってる。会話だってしていい」


「そうなんだ」


「六組が体育祭や文化祭で姿を消してるのは、追放されたからじゃなく働かされてるからなんだよ。まぁ、少ない人数で何かやれってのも無理な話ではあるが」


「そういえば……普通はクラスから実行委員とか選出するのに、この学校なかった……」


「皮肉な話だろ? 俺たちは追放されて青春を奪われたにも関わらず、奴等の青春を謳歌させる為に働かなきゃならないんだからな?」


「悲しい話ね」


「他人ごとじゃないぞ白崎。クラスに戻れなきゃ、お前も二学期は労働者組だ」


「それは……嫌だ」


「なら、頑張って新藤に取り入れよ? 俺は提案までしかしてやれない」


「わかった」


 そう言い、彼女はグッとこぶしを握りしめる。


「……ありがとね。再焉くん」


「お礼ならもとのクラスに戻れてからでいいぞ」


「そっか。そう、だよね」


「あぁ」


 そう返して俺は約束の場所へと向かった。


 まぁ、クラスに戻れたなら接触禁止でお礼なんて言えないんですけどね。

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