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5話 追放の思惑。

「上出来だ」


 教室へ戻ると、荒川先生が意味ありげな笑みを俺へ向けてきた。


「……どうも」


 それに俺は、興味なさげに返しておいた。


「さっすが再焉くん! 私が渡したチョコのおかげだね!」

「あぁ、返しておくな。これ」

「えぇー。使わなかったんだ」


 投げて返したチョコレート。それをキャッチした綾田は頬を膨らせる。


「お疲れ様」


 零士の労いの言葉と笑顔。それはありがたく噛み締めさせてもらった。


「白崎。席に戻りなさい」


 荒川先生に言われ、後から教室に入ってきた彼女は黙って元の席に座る。それに荒川先生はやれやれと肩を竦めた。


「彼女は白崎(しらさき)(よる)。知ってるだろうが、五組で選ばれなかった生徒だ」

「選ばれなかった理由って何なんですか?」


 綾田が荒川先生に聞いた。


「それは私にも分からん。まぁ、そういうのは本人が一番よく知ってるだろうがね」

「……」


 荒川先生の意味ありげな視線に、白崎はプイと顔を背ける。つまりはそういうことなのだろう。


 理由もなく追放者になるわけはない。ちゃんとした理由があるからこそ誰からも投票されなかったのだ。


 その理由を本人が理解しているかどうかは分からない。


 ただ、そうやってあからさまな形にすることにより、本人に『何故誰からも必要とされなかったのか?』を考えさせることもまた、価値残りシステムの目的。


 意地の悪いシステムだが、これほど効果のあるやり方もそうそうないだろう。


 まぁ……。


「えっと……僕は本当に分からないんだけど……」


 零士が控えめに手をあげた。


「キミに関しては……自分で考えたまえ」

「あっ、はい」


 どこにでも例外はあるもので、零士に関しては荒川先生でさえ歯切れが悪い。


 武藤零士。元四組の生徒。部活動は空手部であるにも関わらず、常にシャンプーの香りを漂わせてる清潔感がある。身長は百六十センチ前後の小柄体型。丸い瞳は宝石のように輝いており、見ていると吸い込まれてしまいそう。


 零士だけは、嫌われて(・・・・)選ばれなかったわけじゃない。


 零士の周りにいる者たちが、汚い者から遠ざけるためにここ六組へと隔離したのだ。


 それは、汗臭い空手部なんかに通わせないため。

 それは、他の男子に汚されないため。

 それは、他の女子に近づかせないため。


 それは……武藤零士を武藤零士として保管するため。


 零士だけだろう。元のクラスから離れる時に『送迎会』をしてもらったり『寄せ書き』なんかを渡されたのは。


 話によれば、涙を流した女子もいたらしい。むろん、血の涙だが。


「私も分かんないや……へへっ」


 綾田が照れ笑いを浮かべた。


 いや、お前はわかれ。


 それを無視して、荒川先生は今度俺たちの紹介をし始める。白崎の為なのだろうが、本人は聞いているのかどうかさえ分からない。


「――それで、彼がここ六組に図々しく居座りつづける生活保護受給者の再焉結弦だ」

「先生、俺は生活保護受給者じゃないんですが」

「何を言っている? 寮費、学費がほぼ無償で受けられる隔離システムを逆手に取って恥を晒しつづける君は、もはや生活保護受給者だろう?」


「馬鹿にしないで貰えますか。遊ぶ金くらいは親にせびってますよ。まぁ、遊ぶ友達いないんですけどね。嫌われてるから」


「……再焉」


 なんだ。荒川先生だけじゃなく、零士や綾田からまで残念な者を見るような視線を感じる。俺は真実を述べただけじゃないか!


「君は、選ばれなかった理由よりももっと考えなければならないことがあるようだな……」


 しみじみと言ってのける荒川先生。その「自分は何でも知ってますよ」という態度は正直気に食わない。


「まぁ、仮に俺が生活保護受給者だったとしても、悪いのは俺じゃなく制度の方じゃないんですかね」

「社会を悪く言うのは敗北者か政治家だけだよ。勝者は常に現状を上手く解釈する」

「教師が勝敗なんて決めつけていいんですかね」

「社会とはそういうものだろう。誰もがそれを口にしないだけで、勝敗は常に付けられている。反論あるかね?」


 試すような荒川先生の視線。


「……まぁ、俺は追放されてる時点で敗北者なんで反論はないです」


 荒川先生は疲れたような息を吐いた。


「まったく。君は逆撫でするプライドがないから困る」


「プライドならありますよ。ただ、それを逆撫でできるのは俺くらいしかいないだけです」


「ひねくれ者め。卒業するまでには、必ず六組(ここ)から追い出してやるからな。覚悟しておきたまえ」


「それ、俺に投票できる一組の連中に言ってください」


 もはやこれ以上の問答は無意味だと思ったのか、荒川先生はそこで会話を終わらせた。


 先生はさすがに気づいているのかもしれない。俺が意図的に(・・・・)六組にいることを。


 まぁ、ここまで七回連続……期間にして約一年も追放され続けていれば、さすがにおかしいと思うか。


 それでも、口にしなければ事実とはならない。


 そして、俺のなかに『偽善』があったことも確か。


 誰かが犠牲にならなければならない価値残りシステム。その犠牲を自分が担っているのだという歪んだ偽善が。


 それはきっと悪なのだろう。


 断罪しなければならない悪なのだろう。


 ふと、引き出しからはみ出した本の冊子。


 それは図書館から借りた太宰治作の『人間失格』。


 人間失格読んでる奴なんかカッコいい! みたいな痛いノリで借りたものだったが、今もなお売れ続けているベストセラーだけあって、やはり面白かった。


 悪は罪を犯し、罪には罰を与えなければならない。


 そう、これは決して偽善じゃないのだろう。

 たとえ偽物であったとしても、それを善と呼ぶべきじゃない。


 俺が六組に居続ける理由、それはきっと罰。


 誰かが与えなければならない罰を、与えるべきだった罰を……俺は自分で自分に与えている。


 そうすることで自己満足に浸っているのだ。


 それを分かっていてなお……俺は変われないでいた。


 変わる必要がなかったから。


 それが再焉結弦が出した答えだったからだ。


 恥の多い青春を送ってきました。


 きっとこれは、そういう類いのもの。

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