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4話 交渉、手の内。

 壁外(へきがい)高等学校。それは俺が通っている学校のことだ。ここでは、ありとあらゆる事が独自の方法によって評価、査定されている。


 価値残りシステムもその一つであり、前時代的な封建社会を模したような体制には非難の声が多く上がったものの、超難関大学校へと進学する生徒の進学率の高さに、それらはだんだん少なくなっていった。


 今では、毎年行われる中学生を対象とした全国進路希望調査に必ずと言っていいほど名前の上がる有名校にまでなった。


 そんな学校で、現在俺は授業放棄した女子生徒を連れ戻そうとしている。


 一体何をしているのか、自分でも疑問しかない。


 実際、彼女みたいな生徒はこれまで何人も見てきた。


 六組は底辺。そんな認識があるため、彼らは決してクラスメイトと仲良くしようとはしない。


 たぶん、そうやって否定したいのだろう。


 自分は違うのだと。自分だけは底辺ではないのだと。ただ、偶発的にも選ばれてしまっただけで、自分は六組にいるべき人間ではないのだと。


 だが、結果は奴等も六組だ。そして、それは変えようがない事実。


 彼らは、決して仲良くなろうとはせず、日々祈っていた。自分が元のクラスに戻るため、代わりとなる追放者が出ることを。


 俺から言わせてみれば、それこそが追放された根元でもあると思う。


 祈ってばかりで、自分からは決して他者からの評価を覆そうとはしない。ただ、新たな犠牲者を待つばかり。だからこそ、追放されるしかなかったことに自覚すらない。


 正直言って反吐が出る。


 そんな奴と仲良くするなど、こちらから願い下げだ。


 それでも、俺とて同じ六組。同じく底辺を這いつくばる者として、仲良くはできなくとも、馴れ合いはしないといけないらしい。


 六組の教室があるのは、一般生徒たちが通っている校舎とは別の校舎だ。物理的にも隔離されたここは、専用の寮とも近い位置に建てられている。


 俺が校舎の下駄箱まで来ると、彼女はちょうど靴を履き替えている最中。


 すらりと伸びた足。綺麗な髪は膝にかかり、下駄箱に射し込む日溜まりは、ゆっくりと彼女の周囲で飽和しているように思えた。


 俺と彼女しかいない空間は、少し幻惑的にみえた。……だからだろう。 


「もっ、戻れ」


 俺の存在に気づいて向けられた丸い瞳に、鼓動が大きく脈打ち、どもってしまった。


「……うるさい。話しかけないで」


 取り敢えずそんな言葉を掛けてみたものの、彼女はチラリとこちらを見ただけで戻ろうとはせず、下手くそな辛辣で返してくる。


 その瞳が少しだけ濡れていたように感じたのは、錯覚だったかもしれない。


「帰っても何も変わらないぞ。むしろ暇で仕方ない」


「あなたたちと一緒にいるよりかはずっとマシよ」


「マシ……ね」


「……なに」


 俺の言い方に何か引っ掛かったのか、彼女はこちらを睨み付けてきた。


「いや、別に。じゃあ、逆に聞くが、どんな奴等ならマシじゃないんだ」


「あなたよりイケメン、とか」


 こんのっ……(アマ)ァ……。


 俺ではどうしようもない事を要求してくる彼女に、純粋な殺意を抱く。


 それでも俺は荒川先生から言われた役目を思いだし、平常心を保つため深呼吸をした。


 そして、どうしたら彼女を連れ戻せるかだけに考えを巡らせる。


 無理やり連れ戻したところで意味などないのだろう。いや、あるのかもしれないが、俺にとってそれは連れ戻したことにはならない。


 迅速な結果だけを求めるのならば、彼女の腕をひっ掴んで強引な手段に出るのもアリだとは思う。


 だが、俺はそれを嫌った。


 彼女が俺たちに抱いている印象。その印象は六組に抱いている印象そのままであり、決して俺たち一人一人と接してから出した答えじゃない。


 別に俺は良かったのだ。


 俺は嫌われることには慣れていた。だから、きっとそれでいい。


 しかし、綾田や武藤は違う。二人はそう思われて良いような奴等じゃない。


 そのために。


「……次の投票でクラスに戻る確実な方法がある」


 ピクリと、彼女の動きが止まった。


「うそ」


「嘘じゃない。俺は去年の春から六組に居続けている。追放され続けるのは、お前が思うよりも簡単なことじゃない。逆に考えれば、元のクラスに戻ることもできる」


 怪訝そうな表情が顔をあげた。


「……じゃあ、なんで戻らないの?」


「お前と同じだ。奴らと一緒にいるより、六組にいた方がずっとマシなんだよ」


「なにそれ。そんなの――」


「あり得ないって?」


 彼女の言葉を遮り、かつ、鼻で笑ってやった。そんな考えの方こそが"あり得ない"とでも言いたげに。


「俺は、お前みたいに何も知ろうとせず何もかもを決めつける奴が嫌いだ。だから、俺がお前を六組から(・・・・)追放してやるよ」


「はぁ?」


 そして自信満々に笑うのだ。


「票はあらかじめ確約できる。誰かに頼んでおけば、自分に票を入れてもらうことなんて簡単だ」


「そんなの……当たり前じゃない」


「当たり前? その当たり前に洩れたのはお前だろ?」


「違う。そういうことじゃなくて――」


「知ってるさ」


 イラついた声音に俺は言葉を被せた。


 彼女が当たり前だと言ったのは『友達に頼めばあらかじめ票を入れてもらえる』という事実についてだろう。


 だが、俺は敢えて『そんな当たり前さえも実行できないのか?』という具合に煽った。


 実際そうなのだ。同じクラスの親しい友人に、同じクラスの愛する恋人に、あらかじめ頼んでおけば"票が入らない"なんて事は起こり得ない。


 あまりにもありふれた考え。


 だが、実際にはそれが起こる。


 起こりえてしまう。


 だからこそ、その頼み(・・)は、確実なものでなければならない。


「お前は甘く考えすぎだ。四十人の中から一人の追放者を出すことが、如何に難しいかを考えていない」


 投票は被る。むしろ、被らない方がおかしい。


 四十人が一斉に投票をすれば、人気がある者に票は偏る。そして、投票されなかった者が必ず出てくる。一人ではなく、複数人だ。


 だから、投票は二回、三回と行われる。


 票を得られなかった者同士で、もう一度投票をしなおすため。


 そうやって人数を絞り、最後の最後で(あぶ)れた者だけが六組となれる。


「最初からだいたい決まっているんだ。誰がクラスに残り、誰が追放されるか、なんていうのは」


 怪訝そうな表情が歯を食い縛った。きっと彼女も薄々分かっているのだろう。ただ、認めたくないだけ。


 認めてしまえば楽なのに、人はどうしてもそれができない。


 認めたら肯定することになるからだろう。


 自分がクラスには要らない人間なのだと、理解してしまうことになるから。


 価値残りシステム。


 それは『クラスに必要な者だけを残すシステム』。


 だが、実際は違う。価値残りシステムとは『クラスに必要ない者を弾きだすためのシステム』なのだ。


 だからこそ、弾かれた者たちを皆は「追放者」と呼んだ。


 分かっているのだ。誰もが、その意味を。


 そのくせ、いざ自分がその立場に立つと認めたくない。


「本当に……戻れるの?」


「あぁ。戻れるぞ。簡単にな」


 俺はポケットからスマホを出すと彼女に見えるよう軽く掲げてみせた。


「二組と繋がりを持っていそうな奴を知っている」


 出したスマホに彼女は目を細める。


「……本当に?」


 その反応で俺は確信する。


 かかった、と。


「あぁ。そいつに今度の投票で、お前をクラスに戻してもらうよう頼んでやる。それで文句ないだろ」


「そんなこと本当にできるの?」


「出来る。保証は出来ないがな」


 そう返した瞬間、彼女はイラつきを露にした。


「……あっそ。一瞬期待して損した」


 そう言い、俺に背を向けると出ていこうとする。その背中に俺は言い直した。


「新藤英二」


 ピクリと彼女の動きが止まる。それに俺は口元を歪めてしまう。


「奴なら二組にも影響できるだろう。まぁ、信じるか信じないかはお前次第。だが、真相を確かめてみる時間くらいならあるんじゃないのか?」


 彼女はゆっくりと振り向いた。その表情には半信半疑の窺うような瞳。


 あとはその瞳に、自信満々の笑みを浮かべてやるだけ。


「ほんとに……?」


「あぁ」


 俺は答えながら思う。


 あぁ……こいつはきっと危ない勧誘とかにホイホイ騙されるような奴なんだろうな、と。


「まぁ、学校内では会えないから、放課後に直接会って頼んでやるよ」


「ほんとなの……?」


「あぁ」


 俺は答えながら、新藤へと連絡をする。奴なら間違いなく来るはず。こんなチャンス(・・・・・・・)を奴が逃すはずがない。


「ただ二つだけ条件がある」


「なに」


「一つ、このことは他言しないこと。もう一つは、今すぐ教室に戻ることだ」


「その作戦、私を連れ戻すための嘘じゃない?」


「すぐにバれるような嘘はつかない。安心してくれ」


 それでも彼女の表情は変わらず。


「だって、信じられないし。あんたと新藤くんが友達だとか」


「いや……友達ではないがな」


「友達じゃないなら何?」


 友達じゃないなら……。その返答には正直困る。


 ただ、それが正解かは分からないが、近い言葉ならあった。


「利害の一致ってやつかもな?」


「なにそれ」


 俺はそれには反応せず、教室へと戻り始めた。


 後ろで彼女はしばらく迷っていたようだったが、取り敢えずは信用してくれるらしく、靴を履き替えなおす音が聞こえてきた。どうやら信じてくれるらしい。


「嘘だったら承知しないから」


 背中に投げつけられた言葉。それには鼻で笑ってしまいそうになる。


 それを堪えるため、俺は何も返さずにひたすら無言を貫いた。

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