3話 命令。
「先生、片想いは恋愛に含みますか?」
「再焉、私は遠足のおやつにバナナを認める派だ」
手を挙げる俺の誠実な質問に、荒川先生はやはり誠意ある返答をしてくれる。
なるほどな。俺は安堵の息を吐きだした。
「じゃあ、零士への想いはセーフということですね」
「恋愛としてみるのなら、わりとアウトロー一杯一杯だがな」
「あの……再焉。何度も言ってるけど、僕は男なんだけど」
「知ってるぞ」
「知ってるなら……なんで」
「それは俺に聞くな。俺のトキメキに聞いてくれ」
そして再び、荒川先生はわざとらしい咳払い。
「……君たちは、追放者だというのに全く危機感を持ってないな。ここを出ないかぎり、俗に言われる青春たる全てが君たちから奪われていることに早く気づきたまえ」
言いながら荒川先生は名簿表を軽く教卓へと叩きつけた。数名しか名前が記載されていない名簿表を。
そう。この六組にいる限り、俺たちは友達との学校生活を送れず、恋人さえできない。狭いコミュニティの中で、灰色の青春を送らなければならない。
だが。
「俺は群れるの嫌いなんで」
そう返しておいた。
「まるで、自らここに来たような口振りじゃないか」
荒川先生の視線が鋭くなる。それに俺は肩を竦めた。
「まさか? 自分から追放される奴なんていませんよ」
「まぁ、そうだろうな。……なんにせよ、これから君たちには勉強は勿論だが、他者との関わりあいにおいても反省してもらう必要がある。その事を念頭において日々過ごしたまえ」
「はーいっ!」
おそらく何も理解してないだろう綾田の空返事。理解していたなら、彼女がこのクラスを行き来するはずがない。
「――うざっ」
それは、教室の隅から呟かれた言葉。
そこには、これまで見たことがない少女が一人。
「白崎。一応、君のために説明していたんだが……ちゃんと聞いていたかね?」
荒川先生が彼女へと告げる。白崎と呼ばれたその女子生徒は、荒川先生を無視するようにそっぽを向いていた。
やがて、
「私、こんなところに長居するつもりないんで。その人たちとも仲良くするつもりないですし」
吐き捨てるように言った。
それから彼女は立ち上がり、鞄を手に持つと教室の出口へとむかう
「白崎。まだ説明の途中だぞ」
「だいたい知ってます。それと、彼らと同じ空気吸いたくないので帰ります」
荒川先生の言葉虚しく、彼女はそう言って出ていってしまった。
それに荒川先生が大きなため息。
「……再焉。連れ戻したまえ」
「いや、なんで俺なんですか」
急に名指しされてしまった。あれを連れ戻すとか無理だろ。
「万が一ということがある。六組の生徒は、常に目に見えるところに置いておかなければならない」
「だからって……同じ女子の綾田に行かせりゃいいじゃないですか」
「綾田に連れ戻せると思うのかね?」
「先生ー! それは一体どういう意味ですか!? 詳しく聞きたいです!」
「あやちゃん。チョコレートいる?」
「えっ!? 武藤くんチョコくれるの!? いるー!」
荒川先生の反論にガバッと食いついた綾田だったが、零士の出した新たな餌へとすぐに矛先を変えた。さすがは零士。綾田の扱いがよく分かってる。
勝手に帰る奴。何かあれば質問する奴。学校内で堂々とお菓子を出す奴。そんな状況に荒川先生はこめかみを抑えながら俺へと言い放つ。
「ここは六組の最年長保持者である君が行くべきだよ、再焉。君はこのクラスのことをよく分かっている。それはつまり、この学校の事をよく分かっていることでもある。一年生の一学期末からここに居続ける君だ。連れ戻すくらい造作もないだろう?」
荒川先生は、まるで俺を試すように言ってのけた。
「まぁ、仕方ないですね」
了承しながら立ち上がると、不意に綾田が何かを投げてよこしてきた。
それをキャッチして見れば、武藤からもらったチョコレート。
「餞別だぜ!」
餞別て……貰った本人の目の前で横流しすなよ……。
「俺、甘いもの苦手なんだけど」
「あぁ、違う違う。あの子に渡してあげて。女の子は甘いもの好きだからっ」
そういうことかよ。
モグモグと、自分の口元をチョコで汚しながら笑う綾田。そして机の上に次々とお菓子を出す零士。どれだけ持ってきてるんだ……。もはや、心配になるレベル。
「あとでちゃんと歯を磨いとけよ」
「お前も男磨いとけよ!」
お礼を言うのもシャクだったため、そんな言葉を投げて返したら、皮肉で打ち返してきやがった。
男磨いてもこのクラスにいる限り無意味なんだよなぁ。
もはやそれには返さずに俺は教室を出ると白崎を追いかけた。