2話 六組の禁止事項。
五月の終わり。俺は二年一組から追放された。
追放といっても、そこまで酷いものじゃない。
クラスの連中が『一組にとって誰が必要であるか』を投票し、誰にも投票されなかったのが俺こと再焉結弦だったというだけの話。
これは『価値残りシステム』と言い、驚くなかれ学校側が正式に採用していること。
――生徒の価値とは、生徒こそが推し量るべきものである!
それはこの学校の創設者のありがたーい言葉らしいが、そんなイカれた理念のもと、この学校には様々なシステムが組み込まれている。これもそのうちの一つ。
目的は『他者から見た自分の価値を理解させる』というものらしく、オプションとして、投票されなかった者には絶望が。投票された者にはもれなく優越感が与えられた。
希望に満ちあふれた青春真っ只中の高校生活において、絶望を与える鬼畜の諸行には呆れてものも言えないが、もちろん、嫌なことばかりではない。
「――底辺六組へようこそ! ゴミどもがっ!」
教室にある教卓で、髪の長い女性教師が歓迎の罵倒を披露する。
彼女は荒川さおり。担当クラスは言葉通り、ここ二年六組。
「最初だから自己紹介から始めるかと思ったのだが……顔ぶれがあまり変わってないな? 君たちに学習能力はないのかね」
軽くため息を吐いた荒川先生。
六組とは、各学年のクラスから追放された者たちが集められる特別教室である。故に、クラスメイトは一組から五組までの五人だけ。
「先生ぇー! 一人遅刻している奴がいます! 彼をこのクラスから追放しましょう!」
「綾田……キミはまず、自分もクラスから追放されている存在であることを自覚したまえ」
荒川先生はクラスメイトの悪巧みに軽く頭を抑える。
現在この教室には四人しかいない。しかも、そのうち三人は、俺と同じ一年生の頃から六組にいた連中ばかりだ。
今、机から身を乗り出して発言した短髪女子もまた、顔馴染み。
名前は綾田あや。
机を叩く勢いは片手跳び箱なのかと思うほどに強く、腕まくりからピンと伸びた手は勢いあまって大気圏でも目指しているかのよう。身長はそんなにないくせに、体内にありあまるエネルギーが多過ぎてロケットを彷彿とさせる。……いや、というよりミサイルか?
綾田が投票されなかった理由はおそらく"ウザイから"だろう。俺はその現場を見たことがないが、彼女は授業で疑問に思ったことをその場で聞くらしい。……しかも、自分が理解できるまで。何度も何度も何度でも。
それをゲーム的に表現するのなら遅延行為。悪質な唾棄すべき害のひとつ。そして、彼女はBANされた。
それが理由で、一年の頃から六組と元の二組を行き来する古参の一人である。
通称『妨害電波』。
「あぁ、一人いないのは元からだ。今回、三組から追放者が出なかった」
「ふぇええええええ! そんなことあるんですか!?」
「私も実例は初めてだ。複数回投票を行っても同票者が居続けた場合に限り、追放者は無しとされる」
淡々と告げる荒川先生だったが、その表情には怪しい笑みを浮かべている。
この価値残りシステムは、毎回テスト後に行われ、その度に六組の人員が入れ替わる。ただ、追放される者はあくまでも『投票されなかった者』であるため、元のクラスに戻れるかどうかは別の話だ。
つまり、一度六組になった者が元のクラスに戻るには、誰かに投票されなければならない。
そして、その投票で追放者が選ばれなかった場合、何度か再投票が行われる。どうやら、学校側はどうしても追放者を出したいらしい。
にも関わらず追放者なしということは、その再投票までも掻い潜ったということだろう。
「統制とれてますね、三組」
そんな感想をもらしたら、荒川先生はこちらを見てふふんと鼻を鳴らした。
「まぁ、本来はこれこそが望むべき形なのかもしれんがな? おそらく、今後も三組から追放者は出ないだろう」
「なんでですか! 先生! もしかして、三組内の誰かが投票を操ってるとでも言いたいんですか!?」
「綾田……君、わざとやっているだろう」
「えっ!? じゃあ、本当にそうなんですか!?」
「分からないな。ただ、推測するのならそうなんだろうさ」
「はぇ~」
匿名制の投票において、クラス全員の票を操作するというのは簡単な話じゃない。なにせ、一つの票が違うだけで誰かの追放は完成してしまうのだから。
今回三組から追放者が出なかったということはつまり、三組を完全に牛耳った奴がいるということだ。……まぁ、そういう奴は大抵嫌いな奴に票が集まらないよう促すのがお決まりのパターンなのだが、どうやら三組の独裁者は聖人君子らしい。
誰かなんてだいたい想像できるが……。
「ちなみに聞きたいんですが、今回三組から代表者って出たんですか?」
そう聞いた時、荒川先生は目を細めた。
「……それは、ルールに則っている」
「ですよね」
彼女は答えをはぐらかしたが、俺はなんとなく察してしまう。
そして、これから三組がどういう末路を歩むのかを想像し、なんとも言えない気持ちになった。
「そういうわけだ。だから期末テストまでの二ヶ月は、この四人がクラスメイトということになる。顔ぶれがほぼ同じであるため、説明は割愛したいが……一人、新人もいるからな。一応説明しておこうか」
荒川先生は仕切り直し、黒板に『六組の組則』についての説明を書きはじめた。
【一つ】 六組の生徒は他クラスの生徒とのあらゆる接触を禁ずる。
これこそが選ばれた者を「追放者」と呼ぶ所以。
追放者は、どんなに仲が良くても学校内で他クラスの生徒と会話や接触することが出来ない。その為、登校時間や休み時間、下校時間に関する全てが、他クラスとはズラされていた。
【二つ】 六組の生徒は、部活動をしてはならない。
これについては、一つ目を守らせる為にある事項だろう。ただ、おそらく目的は別にあると俺は考えていた。
この学校では、部活動に入っている生徒が多い。というのも、学校側が部活動を推奨しているためだ。その割合は九割を越えているらしく、帰宅部の生徒は数えるほどしかいない。
そして、追放者に選ばれる者たちの殆どもまた帰宅部だった。
まぁ、そりゃそうだろう。同じ部活動という繋がりがあるのなら、イジメがない限り"投票されない"という事態はおきない。
つまり、とりあえず部活動に入っておけば「追放される確率を低くできるよ」ということ。
追放者の部活動を停止する、というのは、「追放されたくないなら部活動に入っておくといい」という学校側からの遠回しな提案なのだ。本当に悪どいやり方である。
【三つ】 追放者は学校側が用意した寮で生活しなければならない。
これもまた「追放者」と呼ばれる所以の一つ。
その寮では外泊禁止や夜間の出歩き禁止など、かなりの自由が制限されている。
おそらく追放された者が自殺なんかしてしまわないように監視することが目的なのだろう。その辺を考慮すると、案外親切設計とも呼べなくもない。
「引っ越しについてだが……説明書類にもあるが今日から一週間までに済ませるように」
「はーい! またよろしくね! 再焉くんっ!」
元気よく声をあげた綾田は、俺に向かって笑いかけてきた。
「酷いなぁ、あやちゃん。僕もいるのに」
「あぁ、武藤くんもよろしく!」
そんな綾田に対し、苦笑いをする者。
元二年五組、武藤零士。
「零士……お前は部屋が離れてるから知らないんだ。綾田のうるささをな」
「うるさくないもん!」
「それ、酔ってる奴が「酔ってない」って言うのと一緒だぞ」
「うるさいのは再焉くんもじゃん! えっちなビデオの音聞こえてたし!」
はっ……はぁ!? なんでそれを綾田が知っている!?
俺は狼狽えそうになったが、寸でで気がついた。
「……いや、待て! 俺はちゃんとヘッドホンしているぞ? それ俺じゃなくて、その時の三組追放者だろ!」
「あれ? そっちだっけ?」
「ったく……変な言いがかりはよしてくれ。危うく変態にされるところだ」
「再焉……えっちなビデオ見てたんだね……」
「れっ、零士、誤解だ! 俺はお前にしか興味がない!」
その時だった。
荒川先生が、わざとらしく大きな声で咳払いをしたのだ。それにシンとなる教室。
そして、ゆっくりと黒板に四つ目の項目を書いたのだ。
【四つ】 追放者は恋愛をしてはならない。
……アイドルかな? その項目だけ俺は未だに理解できないでいた。だが、元から恋愛に興味のない俺などが心配する項目でもなかった。
四つ目の組則だけ、急に頭が悪くなったような気もしているが、そもそも反論することもない。
まぁ、言えることは一つ。
六組にいる限り、誰もが思い描くような青春は送れないだろうということだけだ。