3、ドラゴン兄弟と私
私は落下している。
新しい世界に生まれ落ちたはずの私は、今まさに空から落ちている。
真っ青な空と白い雲は吸い上げられるように遠ざかり、背中に叩きつけてくる大量の風が長い茶髪をバッサバッサと空中に巻き上げている。
とりあえず【髪の毛多めで】と頼んだ約束は果たされてるらしい。色までは指定してなかったから、茶髪でも何でもいいけど。
というか、私の予定では新しい世界で平凡な夫婦の子供として普通に生まれ変わるつもりでいたんだけど、転生早々なんでパラシュート無しのスカイダイビングをしなければならないのか。
いきなり世界に産み落とされて早くも人生終了とか、私ってば前世でどんな悪業積んだのよ。
ちょっと責任者!出てきなさいよ!
来世で会ったら絶対文句言ってやる!と心のメモに油性ペンで書き込んだ途端、背中に風以外の何かが当たった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
至近距離に雷が落ちたような音と共に、私は大地に叩きつけられた。
今度こそ終わった、終了。
そう思った瞬間に背中の下の大地が揺れた。
大量の土石が跳ねるように舞い上がり、そしてガラガラと音を立てて降り注ぐ。
「んぺッ!ぺぺぺぺッ!」
土埃で視界が見えない中、私は口の中の土を吐き出しながら上半身を起こした。
うわ、最悪〜。口の中ジャリジャリする〜。
しばらくの間んぺんぺしていると土埃もだいぶおさまり、周りの様子が見えてきた。
どうやら私は広大なお椀状の窪地の底にいるらしい。
高さ100メートル以上はありそうな崖に360度囲まれ、まるでクレーターの真ん中にいる様だった。
「んぺッ」
それにしてもよく生きてたな、私。
もしかしておじいちゃんの力のおかげかな。
そういえば地面に落ちた時も痛いとは思わなかったなぁと思い返しながら、体育座りのまま自分の手足を見てみると、泥だらけで汚れてはいるものの怪我どころか擦り傷さえ見当たらない。
そして、気がつく。
服も見当たらない。
腰よりも長くて毛量の多めの髪の毛が体を覆っていて気がつかなかったけど、私は産まれたままの姿だった。
いや、産まれたてなんだからこれで正解なのかもしれないけど、赤ん坊の姿で産まれたわけじゃないんだからせめて服の一枚くらいサービスしてよおじいちゃん。
心の中で文句を言いながら、次に胴体の無事を確認してみるべく両手であちこち触ると、無かった。
いや、怪我は無いけど無かった。
いや、あるべきものがあるべきところに無かった。
いや、前世の私だって盛り盛りにある方だとは思ってないけど、でももうちょっとはあったはず。
胸が。
「まっっっ平らすぎるでしょ!!!」
何度確認してもなだらかな丘陵どころか、その道のプロが製氷車で仕上げたようなツルッツルの真っ平らなスケートリンクのようだった。
「んっ!?ちょ、待って……」
ある事に気がついた私は、慌てて自分の下半身を目視で確認する。
「…………無い」
無かった。
助かった。
でもコレどっち?これからどちらかが成長するの?
それともずっとこのままなの?
そういえば生まれ変わる直前にあのおじいちゃん言ってたな。
『男か女か決めるの忘れてた』
まさかソレでコレですかー!?
ザックリすぎる神の設計図に絶望して天を仰ぎ見ると、遠い青空に2つの黒点が見えた。
その黒点は徐々に大きくなり、真っ直ぐこちらに近づいて来ているのがわかった。
逆光で色まではわからないものの、そのシルエットからは伝説の種族の名が浮かんだ。
太く長い首、角のある頭、鳥のような羽毛の生えた巨大な翼。
「……ドラゴン……?」
いやいや、まさかまさか。
その辺を飛んでるカラスじゃあるまいし、そう簡単に会えるわけないでしょ、ドラゴンに。
いや、しかし。
目を細めても、見開いても、どう見ても二頭のドラゴンにしか見えない場合はどうしたら良いのでしょうか。
もうすでに鱗の色が分かる距離まで来てるんですけど。白いのと黒いのが。
これ完全に私に向かって来てるよね。
だだっ広い窪地の真ん中にいるの、私しかいないしね。
うひー!と思いながら体育座りのまま固まっていると、2頭のドラゴン達は私を見据えたまま窪地の底に降り立った。
向かって右に、真珠のように真白く輝くドラゴン。
向かって左に、月の無い夜の闇のようなドラゴン。
うおおおおおおお!やっぱカッコいいわー!!!
怖いけど目が離せないよね、伝説の種族だもの!
それが白と黒で対になって登場だよ!
前世のドラゴナー達にSNSで紹介してあげたら狂喜乱舞間違いなしだろうけど、その前に私の命があるかどうかわかんないけどね!
「おい、お前」
頭上からガラの悪そうな、それでいてどこかで聞いたような男の声が降って来た。
うひっ!?と見上げると、黒いドラゴンが灰青の瞳を細めながら私を睨んでいた。
「お前はいったい何なんだ。どうしてここにいる」
返答次第じゃお前を取って食う、みたいなグルルル音がするんですけど怖いんですけど。うひー。
「ちょ!こんなちっこい子に威嚇とか無いだろー」
体育座りをさらに収縮させ、今やダンゴムシな私を庇うように、白いドラゴンが割って入って来た。
長い首をそーっと伸ばしながら私に近づき、空色の瞳が心配そうに私を見ている。
「驚かせてごめんな?でもオレ達もさっきの地震に驚いてここに来たんだ」
優しく語りかけてくるその声も、どこかで聞いた事があるような気がしたけれど思い出せなかった。
それにしても、さっきの地震?ああ、私が地面に落っこちた時の衝撃で起きたのかな。なんか申し訳ない。
「オレ達、この近くの里に住んでるんだ。オレの名前は、しろ。で、こっちは双子の兄貴の、くろ」
おおおお!双子のドラゴン兄弟!
かなりお素敵な設定じゃない!?
でも見た目そのまんまな名前なのね。そして妙に可愛いんだけど。
ちょっと興奮気味にふんふん、と頷くと、白いドラゴンのしろさんは私に言葉が通じたのが分かったらしく、空色の瞳を優しく細めた。
「でさ、オレ達ドラゴンにケンカ売るようなバカは滅多にいないんだけど、最近どうもおかしな奴らが増えててさ」
困ったもんだと言うように長い首を傾げて、しろさんが話を続ける。
「さっきの地震もそいつらが何かやらかしたのかと思って、オレ達で様子を見に来たってわけ。そしたら君がいたわけなんだけどー……」
「お前、アイツらの仲間か?」
今度は黒いドラゴンのくろさんが割って入って来た。うひー。
知らない知らない!私この世界に産まれたばかりだよ!年齢設定20歳だけど!
私は全力で首を横に振った。
「うわ、泥を飛ばすな!」
私が首を振ったせいで泥が跳ねたようで、くろさんが長い首を仰け反らせた。
それを見てしろさんが「あはは」と笑う。
「こんな可愛い子がアイツらの仲間なわけないじゃん。どこ見てんの、くろ」
「お前と同じ珍獣を見てるはずだがな。どこが可愛いんだ、これの」
「えー、可愛いじゃん。茶色くてフサフサで、猪の子が泥遊びしてるみたいじゃん」
まさかの珍獣扱い!そしてこの世界にも猪がいた!
「おい、なんかコイツものすごくショック受けてる顔してんぞ」
「あれ、ホントだ。なんでだろ?」
頭上で悪気なく会話してる双子ドラゴン達に乙女の祈りよ届け。