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2、おじいちゃんと私

 白く淡く光る0と1の濃淡でできてるせいで分かり難いけど、おそらくは真っ白な長髪を後ろに撫でつけた巨大なおじいちゃんが目の前にいる。

 通学で見慣れた東京駅よりも大きいんじゃないかと思いながらぽかーんと見上げていると、おじいちゃんは器用に片目を瞑ってウィンクしてきた。うひ。


 面白そうに私を見る目は少しタレ目気味なのに、眉がキリッと上がっていて絶妙なバランスを取っている。

 西洋人らしくスッと通った鼻筋といい、今でも十分イケジジだけど、若い頃はもっと色気ダダ漏れの男前だったんだろう。

 でも、それよりも何よりもまず。


 めっちゃイイ声で日本語しゃべったわ、このおじいちゃん。ベテラン声優か。


「あ、あのー。日本語しゃべれるんですか?」


「うむ。そう設定されておるからな」


「設定!?」


 設定って……神様的な見た目からは想像もつかないような答えだったわ。

『我は神ぞ』とか言ってくれた方がまだ納得できるんだけど。

 いぶかしげな顔をしていたであろう私に、おじいちゃんは少しだけ身を屈めて聞いてきた。


「小さき黒髪の乙女よ。そなたは何者だ」


「え、私?私は日本人……だった者かな?多分、事故で死んでると思うんですけど」


「ふむ。それはいつの話だ?」


「10月23日です」


「そなたの名は?」


「あかりです」


 苗字も名乗った方がいいのかな?と、おじいちゃんを見上げると、おじいちゃんは一瞬だけ視線を右上に上げてから私に戻し、気の毒そうに告げてくれた。


「あかりとやら。そなたはどうやら前の世界では肉体を失っておるようだ。つまりはそなたの予想通り死んでおるな」


「おっ……おお〜。やっぱりそうですかー。そうだろうなって思ってたけど、改めて言われると……」


 突然迎えた自分の死に理不尽なものを感じないわけではないけど、あの時歩きスマホで電話してなかったらもしかして…と思うと反省の方が先立つ。

 それはそれとして。


「ちょっと待って下さい。何でそんな事知ってるんですか?」


「我は神ぞ」


「やっぱ神なんかーい!」


 思わずツッコミをしてしまったけど、さっきの設定ナントカは何だったんだと言いたい。


「神様ならここがどこかわかるんですよね?どうして私……私達はこんな体なんですか?」


 どこまでも広がる灰色の世界に0と1でできた私達。

 おじいちゃんはまたもや少しだけ視線を右上に上げてから戻すと、思案げな顔で私に言った。


「ここは本来、我の為だけの空間であった場所だ。次の世界へ行くまでの待機場、とも言える」


 例えるなら、とおじいちゃんは続けた。


「この空間は子宮のようなもの。我は産み出される前の卵であった」


 あ、それでゼロイチ卵だったのかとなんとなく納得する。


「そこにそなたが後から入り込んだのだ。どのような力が働いてこのようになったのかは我にも分からぬが、我とそなたはどうやら繋がってしまったらしい」


 見よ、と足元に注意を向けたおじいちゃんの視線の先を見る。

 するとサンダルの様なものを履いたおじいちゃんの左足の先と、向かい合っている私の右足のパンプスの先の間に、小さな0と1が糸のように繋がっていた。


「ふぉ!?」


「この不規則に並んで見える0と1は、組み合わせて我々を形作る設計図のようなもの。生き物で言うDNAかの」


「神様の口から設計図だのDNAだのって、何か……」


「まあ、あくまでも例えだからのう。その設計図がそなたと我の2枚分混在したまま再設計され、新たに産まれようとしているのが今の我々という事になる」


「……えーっとそれって簡単に言うと、私達2人分の知識とか体が1つになって生まれ変わるって事でしょーか?」


「然り」


 然りじゃねーわ!

 全然納得いかねーわ!


「待って!待って待って待って!いくら死後でも急に初対面の神様と混ぜこぜになって生まれ変われって、無理でしょ!切ればいいのね、この糸」


 私が足先のゼロイチ糸を引きちぎろうと屈むと、おじいちゃんは少し焦ったように止めた。


「待て、あかりよ。無理に切り離すと切った先からほつれやすくなるぞ」


「毛糸のセーターか!」


 天を仰いで再びツッコむ。

 おじいちゃんはわざとらしく困ったような顔をして、肩をすくめて頭を横に振った。外人さんがよくやるあのジェスチャー、今やられると腹立つわー。


「別にこのままでも良いではないか。我の力があれば今流行りの【チート】とやらが使えるぞ」


「もーやだー、なんなのこの神様!なんで【チート】とか知ってるの!?ラノベの神様かなんかなの!?」


 両手で顔を覆ってため息を吐く私に、おじいちゃんは言った。


「それにもう、時も無いようだ。我々は神に招かれた。生まれ変わらねばならぬ」


「神!?おじいちゃんが神様なんじゃないの!?」


「我は神なり。だが我よりも高位の神に招かれれば従うのみ。……ちなみにおじいちゃんではない。我が名はクロノス」


「いや、拗ねたように言われても!」


 刹那。

 私が三度ツッコむと同時に、私とおじいちゃんことクロノスの体が不可思議に揺らいだ。


 ゼロイチ卵が崩壊しておじいちゃんになった時のように、私達2人も同時に足元から崩壊し始めた。


「始まったようだの。完了まで数分といったところか」


「もう生まれ変わるの!?」


「さよう。さて、あかりよ。縁あって巡り合い、運命を共にする事になったそなたと我だ。ひとり身であればいざ知らず、神と人が1つの命になり、生まれ変わるには決めなければならぬ事がある」


 真剣な顔をしたおじいちゃんにつられて、私もゴクリと唾を飲み込む。


「……な、なんでしょう?」


「身長だの年齢だの髪型だの、かの」


「キャラメイクか!」


 脱力した私におじいちゃんはホレホレと発破をかける。


「もう時間が無いぞ、あかりよ。身長は我とそなたの間を取って35メートルくらいで良いか」


「それもう人間じゃないから!却下!却下だから!」


「年齢は多少サバを読んでもよかろう。583歳くらいならバレぬかの」


「私があと7回くらい死ぬわ!」


「実は最近、前髪の後退が気になっての。次はちょっと多めにしてもよいかの?」


「……イロモノ系に生まれ変わる予感しかしない……」


 打ちひしがれている間にも、私とおじいちゃんの崩壊が止まる事は無い。

 すでに太もものあたりまで0と1は消えている。

 砂時計のようにサラサラとこぼれ落ちる数達は私とおじいちゃんの間の足元に集まり、円錐形の小山を作っていた。


「あかりよ、もうすぐ我らの次の体が完成するぞ」


 おじいちゃんが指差したその小山の頂点から、ゆっくりと人の指先が、手の平が、腕が伸びてくるのは普通にホラーだった。


「墓から出てくるゾンビか!いやー、もうゆっくりキャラメイク考える暇もないー!とか言ってる間に二の腕が見えてきたー!」


 1人あわあわしている私に、おじいちゃんはことも投げに言った。


「自身で決められないのであれば【おまかせ機能】もあるぞ、あかりよ」


「はい、それ1番ダメなやつー!後で絶対後悔するやつー!」


 私は覚悟を決めた。

 これだけは譲れないというものだけチャチャッと決めるしかない。


「身長は人間の平均値で!年齢はお酒もタバコもOKな20歳!髪の量は多めで!あとは任せた!」


「よかろう」


 おじいちゃんはチョイ悪っぽくニヤリと笑うと、手に持っていた大鎌の柄を無いはずの地面にドン!と打ち付けた。

 そして朗々と響く声で高らかに告げる。


「巨神族ティターンの長にして大地と農耕の神、我が名はクロノス。約諾により黒髪の小さき乙女、あかりの求めに応じるものなり」


 0と1の崩壊がさらに加速した。

 灰色の空間に白く淡く光り、舞う数字達。


「集え、無よ。灯せ、有よ。創造神フゥードゥーインナユータの名において我らを糧とし、新たなる命を創造せよ」


 私達はさらにほろりと崩れ、ほろりと壊れた。

 それは前の世で唐突に死を迎えた私にとって、改めて死を意識させる光景だった。

 次の世界が待っている。怖くはないはずなのに、本能的になぜか泣きそうになる。


「あかりよ」


 優しくかけられた声に顔を上げると、胸元から上だけになったおじいちゃんが、またウインクをした。


「我を信じよ。次の世はいくら食べても太らぬ体にしておいたぞ」


「……ふっ。ふふっ」


 おじいちゃんのくせに、乙女心がわーかってるぅー。

 私は涙を引っ込めた。

 崩壊はお互いの喉元まで迫っていたけど、もう怖くはない。

 イケボでイケジジな優しいおじいちゃんと一緒なら、何とかなりそうかもと思ったから。


 すると、おじいちゃんがハッと何かに気がついた。


「む。そういえば男か女か決めて無かったの」


「それ1番最初に決めないとダメなやつー!」





 そして私達は次の世界に送り出された。


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